社会性の発達について
■子どもの「過敏さ」を乗り越えさせていくための関わりとは

●「良い」ことと「悪い」こと
 前回は、お母さん以外の人に慣れにくいOくんのお話をしました。今月号では、Oくんのその後の様子をご紹介します。初めての検査では、Oくんは、母の膝に座ったままでしたが、少しは課題に取り組むことができました。ただ、その反応としては、できそうなものでも知らんぷりしたり、しっかりと人に応じる、という経験が少なく、良い−悪いの理解がこれからではないか、というのが先月号のOくんでした。
 生活の中には、良いことと悪いことがある、ということを子どもたちにわからせていくには、たとえば、危ない場所に行きそうなときに、「危ないよ」、触ってほしくないものに触りそうなとき「触らない」、などなど、まずは声をかけながら、実際にその行動を止めることから、始めます。そのくりかえしの中で、「階段のほうにはいかない」とか「コンセントはいじらない」とか「スプーンはなげない」といった、家庭の中の小さなルールを、まずは家族から学びます。そして、このような何かを止められたときに、それをやめることは、人に応じるという経験でもあります。また、何かを欲しがっているときに「ちょうだいだよ」と「ちょうだい」の身ぶりを手を取って促したり、ごあいさつのときに、頭を下げるように誘導することも、「はーい」と手をあげることも、人に応じる場面になります。こうした人とのやりとりで、自分の要求が伝わる経験や、人からの働きかけを受け入れる経験を積み重ねることで、良いこと、悪いことがわかっていきます。
 Oくんの場合は、自傷行為がこわくて、お母さんが、Oくんの行動を止められなかったのではないか、と思われます。そのために、人に応じる経験も、家庭の中でのルールを学ぶ経験も少なくなってしまったのでしょう。けれども、いつまでも回りの大人ばかりが、Oくんに気を使ってはいられません。初めての検査で少しは、私と関われたことを貴重な経験として、Oくんにも少しずつたくましくなってもらうことも考えなければなりません。

●1年半がたち、4歳になったOくん
 クリニックの待合室でお母さんと待っているところに私が登場しました。私を見て、一瞬、表情がほころびかけましたが、緊張の顔つきに変わり、母にしがみつきました。母はOくんを抱き止めず、離れてさっさと歩き出しました。ウェーンとOくんは泣き出し、立ち尽くしています。「おいで」「さあ、おもちゃで先生と遊ぼうよ・・・」「何があるかな、たのしいよ」などなど、あれやこれやの誘いにも、動こうともせず、泣き続けるOくんに、母はすっと近寄りました。「さっさと歩きなさい」と強い口調で言うと、腕を引きました。すると、母に手を引かれて泣きながらOくんも歩き出しました。そして、歩くうちに泣きやんでしまいました。
 心理の部屋では、まずはお母さんと話をします。初めての検査の後、しばらくは何かさせようと思って関わろうとすると、泣くことは多かったものの、たとえ泣いても、少しはやってみよう、やってごらんと促せたとのこと。そのうち、だいぶ言葉で言われていることがわかってきた、そして、悪いかとわかって、大人の様子を伺いながらそーっとやろうとしてみたりすることが出てきたそうです。
 また、大きな変化としては、保育園に入園が決まり、行き始めたこと。最初の2週間くらいは泣いて大変でしたが、母ががんばって連れていっていたら、今では積極的にとはいかないけれど、泣くことはなくなったそうです。お休みの時に、旅行に出かけたら、初めてのことばかりなのに、トイレもでき、泣いたりしないで、楽しめてとても驚いたこと、などうれしい変化がたくさんありました。
 お母さんと話している間、Oくんはおもちゃで遊び出していました。ちょうど、カードを見ていたので、机のほうに誘い、そのカードを使って課題を始めました。絵カードを見せて、「なーに」と聞いても、まだ言葉で答えられませんが、「牛乳、ごくごくだね」と言うと、「ニューニュー」とそれらしくまねることが出てきています。ただ、パズルなどでは丸、三角、四角などのはっきりとした形以外は、よく見えていないようでした。教えたりしながら、パズルを終えて、じゃこれでお勉強はおしまいね、といって私がパズルを片づけましたが、Oくんには、こちらをじっと見ています。「さあ、もういいんだよ」と促すと、母がOくんを呼び、席を立ちました。
 さて、過敏で、神経質な印象があるOくんでしたが、少しずつ過敏さをのりこえてきています。いつ自傷が始まるかと、びくびくしながら関わるのではなく、「Oくんだってこれくらいなら、できる」という思いです。待合室で泣き出したOくんに、強い口調で「いくわよ」と言えるようになったことがそれを象徴していると考えられます。保育園のいきしぶりに対しても、動揺せずに連れていき続けたことが2週間という比較的短い時間で慣れることができた要因だと思います。
 また、これからの課題は、物事をしっかり見る力を育て、雰囲気ではなく、見て考えたり、判断する力を育てること。また、「これで終わり」、「一枚で終わり」「××やったら、〜ね」などの、見通しや、ちょっとしたルールにつながるような声かけを心がけて、わからせていくことです。課題の最後に「これで終わり」と言われて、喜んでお母さんのもとに戻る、といった行動が見られるまで。

■月刊 発達教育より 一松 麻実子(発達協会)言語聴覚士

 

 

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