医療コラム
1. 発達障害の概念と特徴および経過
発達障害(神経発達症)とは
よく使われるアメリカ精神医学会の診断分類DSM-5¹⁾よる神経発達症は、「発達期に発症する一群の疾患で、典型的には発達期早期、しばしば小中学校入学前に明らかとなり、個人的、社会的、学業、または職業における機能の障害を引き起こす発達の欠陥により特徴づけられる」とされます。その主なものは、自閉スペクトラム症/自閉症スペクトラム障害(ASD)、注意欠如多動症/注意欠如多動性障害(ADHD)、学習障害(DSM-5では限局性学習症/限局性学習障害)、知的障害(DSM-5では知的発達症/知的発達障害)です。そのほか、言語症/言語障害、語音症/語音障害、吃音、社会的コミュニケーション症/社会的コミュニケーション障害(明らかなこだわりがない軽い自閉スペクトラム症と言ってよい)、発達性協調運動症/発達性協調運動障害、常同運動症/常同運動障害、チック症/チック障害があります。
日本では知的障害福祉法があり、知的障害のある方への法律は既にあったため、2005年に施行された発達障害者支援法による発達障害では、知的障害は含まれません。ただ、発達に問題のある方とかかわるときには知的能力への配慮が欠かせないため、この稿では発達障害と神経発達症を同義語として使います。
神経発達症のある方は、複数の神経発達症の特性があることが少なくないため、主な神経発達症の関係(DSM-5による)を図に示しました(図1)。
【図1】主な発達障害(神経発達症)の関係~DSM-5による~
また、その特性が明らかな障害とはいえず、いわゆる性格の範囲の程度のこともあります。同じ人でも、環境によっては障害と考えるほどの症状になりますが、それほどにならない場合もあります。また、その時代、その地域によっても、障害とされるか、されないかが変わってきます。また、診断が偏見につながらないように配慮されたこともあり、DSM-5の日本語訳では、「症」と「障害」が併記されました。
また、環境にもよりますが、成長すると特性が薄くなったり、場合によっては特性が際立ってきたりすることもあります。子どもをみるときは、そのように柔軟に考えていただきたいと思います。特に幼児期は、これから変化する時期でもあり、はっきりと診断できないことが多いのです。しかし、かかわる日常の中では、その特性をしっかりとらえ、適切にかかわることが必要です。
以下、クリニックを利用される多くの方が、その特性を有する主な神経発達症について、注目すべき併存症、二次障害、薬物治療、経過を考える上で大切なこと、社会に望みたいことを含め、少しページを割いて説明します。
特に自閉スペクトラム症(ASD)、注意欠如多動症(ADHD)については、理解あるかかわり方や環境の工夫に参考となる基本的病態も記載します。
1.自閉スペクトラム症(ASD)
DSM-5による診断基準(表1)は、「コミュニケーションの問題・対人関係の問題」と、「興味の限局、こだわり、常同行動」があること。「感覚の過敏、鈍、並外れた興味」は必須項目ではないものの、多くのASDでは理解が必要です。これもさまざまで、一般には音に過敏(多くは赤ちゃんの泣き声は苦手)です。また光に過敏な方も少なくなく、においや触覚の過敏などもあります。反対に痛みや吐き気、満腹感、のどの渇きなど身体の内部感覚には鈍感な方が少なくありません。「想像力(見通しをつける力)の障害」は、DSM-5に明記されていませんが特記すべき特性で、本人のつらさや不安、周囲の環境やかかわり方を考えるとき、十分な理解が必要です。
基本的な病態としては、心の理論(人は自分と違った考えを持っていることを推測する能力)の問題、実行機能(課題の遂行に際し、課題ルールの維持や必要に応じた変更、情報の更新などを行うことで思考や行動を制御する能力)の問題、中枢統合機能(模様などを全体的なものとして捉える能力)の問題、情動認知の問題などが想定されています²⁾。中でも心の理論の問題が中心的で、コミュニケーションや対人関係の問題を起こします。また、刺激への過敏とも関連がある選択的注意(雑多な刺激の中から必要な刺激を選別して認識する能力)の問題、時間感覚の違いがあり、これは時間の経過や因果関係がわかりにくくなること、先の見通しをつけることや状況に合わせて急いだりすることが出来にくいことに繋がります。一方で、特異的な記憶想起現象(タイムスリップ現象:突然過去の記憶を想い起して、その出来事をあたかもつい先ほどのことのように扱うこと≒フラッシュバック)があり、十分な理解が必要です³⁾。ただ、ASDとされる方でも、特性の程度、言語能力が低い方高い方、人に関心が少ない方多い方、どんな感覚に過敏かも様々です。そして、何かに高い能力を持っている方も少なくありません。
個々の特徴を理解し、特に本人が見通しを持てやすい分かりやすい環境、自尊心も配慮しながらも具体的な指示、刺激の過敏への配慮が必要です。
【表1】DSM-5 における自閉スペクトラム症( ASD )の診断基準
1. 社会でのコミュニケーションや対人交流の持続的な障害
A. 社会での情緒的な相互交流の障害
B. 社会的交流における非言語コミュニケーション行動の障害
C. 人間関係を築いて保ち理解することの障害
2. 限られた反復されるパターンの行動や興味、活動(以下の項目のうち少なくとも2つに当てはまる)
A. 型にはまった体の動き、物の使用や発話
B. 同一性へのこだわり、決まった手順への融通の利かない固執、儀式化された言語もしくは非言語行動パターン C. 集中の深さや狭さが一般的でないほど非常に限られている大変強い興味・関心
D. 感覚入力に対しての反応性の過度の上昇もしくは低下、もしくは周囲の環境の感覚的側面に対しての並外れた興味
3. 症状は早期の発達段階までに発現していなければならない(が、社会的な要求が限られた能力を超えるまで全てが現れないかもしれない。
もしくは後天的に学んだ対処法で見えなくなっているかもしれない。)
4. 症状によって社会や職業またはその他の重要な分野で臨床的に重大な機能障害が起こっている
ASDの経過の概要を図2に示します。根本的に症状は大きくは変わりませんが、環境や経験で、社会参加の形や精神状況は変わってきます。
【図2】ASDの症状の強さと問題点の大きさのおおよその経過

2.注意欠如多動症(ADHD)
DSM-5によれば、「複数の状況下における著しい不注意、多動衝動性で、能力の発揮や発達の妨げになっている状態」です。症状は12歳以下から現れているとされます。複数の状況下で症状があるというところが重要です。症状の強さ、凸凹もさまざまです。診断基準を後に示します。
基本的病態は、現在のところ、1)実行機能の問題、2)報酬系の問題、3)時間処理の問題といった三つの経路の問題と4)安静時に活性化するデフォルトモードネットワークの切り替えの機能の悪さが想定されています⁴⁾。1) 実行機能の問題のために、必要な情報を思い浮かべて課題を遂行する、あるいは問題を分析して行動を切り替えたり解決方法を再構築したりする、また気分や覚醒レベルをコントロールする能力の低下があります。2) 報酬系は、意欲、動機、学習に重要な問題を持ち、欲求を満たしたときに「快」「満足感」の感情を生み出す脳部位で、このような報酬獲得のために行動調整を行う回路です。この機能の低下では、少し先の報酬(遅延報酬)を考えての行動調節ができず、実行機能の問題とも関連して、待つことができない、我慢ができない、といったことが起こります。3) 時間処理の問題は、時間を考えて行動できず、実行機能の問題とも関連して、見通しを持って行動できにくいことや段取りの悪さと関係します。4) デフォルトモードネットワークの切り替えの機能の悪さで、作業や学習を行っていても、それとは関係が少ない、様々なことを思い浮かべてしまいます。以上の病態が考えられていて、主に作用している脳部位が想定されている機能もありますが、それぞれが別々に存在するのではなく、脳の中でネットワークがあり、それぞれが関連しあって症状に繋がっていると考えられています。
ADHDのある方は、その特性から、わがままで不真面目ととらえられがちで怒られることが多く、自己肯定感が低くなりがちといわれます。達成感や自信を持つことができるようなかかわりが必要です。
ADHDの経過の概要を図3に示しますが、ASDに比べ、症状は時期により変化します。ただ、症状が強い方でも、理解ある環境で、生き生きと活躍できている方もいれば、症状が目立たなくなっても、さまざまな二次障害が出現してくる方もいます。
【表2】DSM-5における注意欠如・多動症(ADHD:Attention Deficit Hyperactivity Disorder)の診断基準
A1:以下の不注意症状が6つ(17歳以上では5つ)以上あり、6ヶ月以上にわたって持続している。
a.細やかな注意ができず、ケアレスミスをしやすい。b.注意を持続することが困難。
c.上の空や注意散漫で、話をきちんと聞けないように見える。
d.指示に従えず、宿題などの課題が果たせない。
e.課題や活動を整理することができない。
f.精神的努力の持続が必要な課題を嫌う。
g.課題や活動に必要なものを忘れがちである。
h.外部からの刺激で注意散漫となりやすい。
i.日々の活動を忘れがちである。
A2:以下の多動性/衝動性の症状が6つ(17歳以上では5つ)以上あり、6ヶ月以上にわたって持続している。
a.着席中に、手足をもじもじしたり、そわそわした動きをする。b.着席が期待されている場面で離席する。
c.不適切な状況で走り回ったりよじ登ったりする。
d.静かに遊んだり余暇を過ごすことができない。
e.衝動に駆られて突き動かされるような感じがして、じっとしていることができない。
f.しゃべりすぎる。
g.質問が終わる前にうっかり答え始める。
h.順番待ちが苦手である。
i.他の人の邪魔をしたり、割り込んだりする。
B:不注意、多動性/衝動性の症状のいくつかは12歳までに存在していた。
C:不注意、多動性/衝動性の症状のいくつかは2つ以上の環境(家庭・学校・職場・社交場面など)で存在している。
D:症状が社会・学業・職業機能を損ねている明らかな証拠がある。
E:統合失調症や他の精神障害の経過で生じたのではなく、それらで説明することもできない。
3.知的障害(=知的能力障害(知的発達症/知的発達障害))
DSM-5 の日本語訳は知的能力障害です。それによれば、「発達期に発症し、概念的、社会的、および実用的な領域における知的能力と適応機能両面の欠陥を含む障害」とされ、「継続的な支援がなければ、家庭、学校、職場、及び地域社会といった多岐にわたる環境において、コミュニケーション、社会参加、及び自立した生活といった複数の日常生活で適応ができない」とされています。
今までは標準化された知能検査によっておおよそ規定されていましたが、DSM-5では、知能検査は参考にはなるが、知能検査で示されたIQだけで診断できるものではないとされました。知的障害の症状は変化しないものであるはずですが、幼児期では、その程度はわからないことも多いです。さまざまな経験を積める環境であったか否かでも、その程度は多少変化し、知的能力が伸びる時期は子どもによってかなり違います。しかし、各時期で他児と知的能力に差がある場合、理解ある対応が必要です。
4.学習障害(≒限局性学習症/限局性学習障害)
DSM-5では、限局性学習症として、「効率的かつ正確に情報を理解し処理する能力に特異的な欠陥を認める場合に診断される」とし、正規の学校教育の期間において初めて明らかになり、「読字や書字あるいは算数の基礎的な学習技能を身につけることの困難さが持続的で支障を来すほどであることが特徴」とされ、「職業活動を含むその技能に依存する活動を生涯にわたって障害する」とされています。
診断基準を後に示しますが、大まかに読字障害、書字表出障害、算数障害があります。全般的な知的障害はないため、学習ができないことや職業活動に支障が出ることも本人の努力不足と思われたり本人もそう思ったりして、非難されたり自信を失ってしまったりすることが少なくありません。まずは、この障害を疑うことから始め、専門家による診断、合理的配慮、社会的、精神的支援が必要です。
【表3】DSM-5における限局性学習症(Specific Learning Disorder(SLD) )の診断基準
A. 学習や学業的技能の使用に困難があり、その困難を対象とした介入が提供されているにもかかわらず、以下の症状の少なくとも1つが存在し、少なくとも6ヶ月間持続していることで明らかになる。
1. 不的確または速度が遅く、努力を要する読字(例:単語を間違ってまたゆっくりとためらいがちに音読する、しばしば言葉を当てずっぽうに言う、言葉を発音することの困難さをもつ)
2. 読んでいるものの意味を理解することの困難さ(例:文章を正確に読む場合があるが、読んでいるもののつながり、関係、意味するもの、またはより深い意味を理解していないかもしれない)
3. 綴字の困難さ(例:母音や子因を付け加えたり、入れ忘れたり、置き換えたりするかもしれない)
4. 書字表出の困難さ(例:文章の中で複数の文法または句読点の間違いをする、段落のまとめ方が下手、思考の書字表出に明確さがない)
5. 数字の概念、数値、または計算を習得することの困難さ(例:数字、その大小、および関係の理解に乏しい、1桁の足し算を行うのに同級生がやるように数字的事実を思い浮かべるのではなく指を折って数える、算術計算の途中で迷ってしまい方法を変更するかもしれない)
6. 数学的推論の困難さ(例:定量的問題を解くために、数学的概念、数学的事実、または数学的方法を適用することが非常に困難である)
B. 欠陥のある学業的技能は、その人の暦年齢に期待されるよりも、著明にかつ定量的に低く、学業または職業遂行能力、または日常生活活動に意味のある障害を引き起こしており、個別施行の標準化された到達尺度および総合的な臨床消化で確認されている。17歳以上の人においては、確認された学習困難の経歴は標準化された評価の代わりにしてよいかもしれない。
C. 学習困難は学齢期に始まるが、欠陥のある学業的技能に対する要求が、その人の限られた能力を超えるまでは完全には明らかにはならないかもしれない(例:時間制限のある試験、厳しい締め切り期間内に長く複雑な報告書を読んだり書いたりすること、過度に思い学業的負荷)。
D. 学習困難は知的能力障害群、非矯正視力または聴力、他の精神または精神疾患、心理社会的逆境、学業的指導に用いる言語の習熟度不足、または不適切な教育的指導によってはうまく説明されない。
なお、日本の文部科学省による学習障害(Learning Disability(LD))の定義は、「聞く」「話す」「読む」「書く」「計算する」「推論する」といった学習に必要な基礎的な能力のうち、一つないし複数の特定の能力についてなかなか習得できなかったり、うまく発揮することができなかったりすることによって、学習上、様々な困難に直面している状態となっており、DSM-5による定義より、やや広い概念になっています。
5.ほかに…
発達性協調運動症/発達性協調運動障害についても簡単にお伝えしたいと思います。DSM-5では、「協調運動技能の獲得や遂行が、その人の生活年齢や技能の学習及び使用の機会に応じて期待されるものより明らかに劣っている状態」と定義されています。しばしば他の発達障害に併存し、幼児期から、不器用で、物をつかんだり鋏を使ったりが難しく、物がうまく作れない、体操やお遊戯ができないといった状況で、当人にも子どもながらにそのことを実感し、また友達からも指摘されて、早くから自己評価が低くなる原因となります。これは、将来の自信のなさにもつながりやすく、周囲の理解と本人なりの努力への評価が必要です。
なお、神経発達症には分類されませんが、反抗挑戦症も理解されるべき特性です。この特性も他の発達障害に併存することがまれではありませんが、DSM-5によれば、「怒りっぽく易怒的な気分、口論好き/挑発的な行動、または執念深さなどの情緒・行動の様式が同胞以外の一人以上のやり取りにおいて、少なくも6か月持続している状態」とされます。これがあることによって、友達を作りたくてもできず、周囲からは呆れられ、ますますいらだつことになります。どこかで適切な態度ではないとわかっていてもそうなってしまいます。周りはあおられず、冷静に時を待つことも必要です。症状は、発達により軽減することが多いですが、周りから反発され続け孤立すると、二次的に症状が強くなることもあります。ただ、うまくすれば、このような反抗の気持ちは世の中を変える原動力になる可能性もあると筆者は考えます。
以上の障害は併存することも少なくありません。
参考文献
1) 日本精神神経学会(監修). 高橋三郎. 大野裕.(監訳). DSM-5精神疾患の診断・統計マニュアル. 東京:医学書院;2014. pp.31-85.
2) 橋本俊顕.自閉症有馬正高,監修.加我牧子,稲垣真澄編集.小児神経学.東京:診断と治療社.2008;440-447
3) 杉山登志郎.自閉症の精神病理.発達障害の豊かな世界.東京:評論社.2000;15-57
4) 林 隆. Triple pathway modelとFunctional connectivity, Dynamic connectivityからみたADHDの病態と支援 の視点に基づく薬物療法 児童青年精神医学とその近接領域 61(3);278-288 2020
2. 小児の言語障害の種類と原因
小児に多く見られる言語障害として、以下のものがあります。
1 聴覚障害
聴覚障害によって、音声言語の入力に困難や制限が生じることで、音声言語理解の遅れや構音の誤りが見られることがあります。聴力の程度により、手話の習得、補聴器や人工内耳の装用による聴覚活用等を進めていきます。
標準的な純音聴力検査では、125Hz、250Hz、500Hz、1,000Hz、2,000Hz、4,000Hz、8,000Hzの7つの周波数の聞こえを測定します。30dB未満の音の強さで聞き取ることができると、正常範囲内とされています。音を伝える外耳や中耳、音を脳に送る役割を果たす内耳、音を伝える聴神経、音を認識する大脳の聴覚野のいずれかに障害が生じると、その程度により聞こえや言語音の聞き取り能力が低下します。全く音が聞き取れない方から、特定の高さの音のみが聞き取れない方、滲出性中耳炎等により一時的に聞こえが低下している方など聞こえの低下の程度や状態は様々です。一般的に、片耳が全く聞こえなくても、もう一方の耳の聞こえが正常範囲の場合、言語発達への影響は見られないとされています。
城丸みさと:聴覚障害Ⅰ,第3章,p49,山田弘幸 佐場野優一編,建帛社,2000.
2 知的能力障害
知的発達の遅れにより、言語理解・表出にも遅れを伴うことが多く見られます。大脳の機能として、言語理解をつかさどる領域(ウェルニッケ野)と言語表出をつかさどる領域(ブローカ野)は分かれているため、理解と表出の両方に遅れが見られる方ばかりでなく、理解に比べて特に表出面に遅れが目立つ方、理解はできていなくてもCMのフレーズなどは正しく話せる方などのタイプが見られます。理解の程度も、ことばの理解ができない段階の方から、助詞の意味や受動態などの理解や表出はできるけれど発話の意図やニュアンスの違いなどが理解できない方など様々です。

寺村衆一:言語聴覚障害総論Ⅱ,第2章,p25,山崎京子編,建帛社,2000.
3 コミュニケーション障害
自閉スペクトラム症、注意欠如・多動症により、他者とのコミュニケーションが円滑に成立しないことが見られます。知的能力障害と合併している場合が多く見られます。
相手の声のトーンや表情・態度などから意図を察する、他者の意見を受け入れる、急な判断ができず何も言えなくなってしまう、思いつくと制止されていると分かっていても止まれないなどの行動が見られることがあります。結果として、社会生活上困難が生じてしまい、学生生活や職業生活が維持できないなど社会的不利益を被る場合が見られます。
4 流暢性の障害
吃音や場面緘黙症など、思うように音声表出ができない症状があります。
吃音の症状には、最初の音を繰り返す、ことばが出てこないといった分かりやすい症状のほか、身体を揺らしてことばを出そうとするといった身体症状を伴うこともあります。一般的に、音読や歌唱場面では症状が出にくい方が多いようです。
場面緘黙のお子さんを考える上で重要なことは、「しゃべらない」のではなく「しゃべりたいのにしゃべれない」という点です。書字やスマホアプリなど、表現可能なツールを探してコミュニケーションを楽しみましょう。なお、臨床経験上、自閉性スペクトラム症の方で、こだわりの一つとして「ここではしゃべらない」と決めてしまう場合もあるように感じています。
5 語音障害/構音障害
口唇口蓋裂あるいは原因が特定できない発音の誤り、脳外傷や脳性麻痺等による運動障害性の構音障害が見られます。
口唇口蓋裂の方は、多くは出生時に発見されます。哺乳が難しくなる場合がありますので、専門機関との連係が早期から必要となります。その後、手術等を経て、日本語音を産生するための口唇や舌の使い方を学びます。
機能性構音障害と呼ばれる『原因は特定できないが発音が誤っている状態』があります。自然な改善が見られない場合には、音韻発達の観点から、4歳過ぎを目安に指導を開始します。日本語音産生のための口唇や舌の使い方を学ぶことは、口唇口蓋裂の方と同様です。発達性協調運動障害がかかわる場合も見られるように思います。
脳外傷や脳性麻痺による運動障害の場合、口唇や舌などの構音器官の運動範囲やパワー、速度が低下あるいは自律的にコントロールできないという症状を呈します。
6 学習障害/読み書きの障害
文字言語の読み、理解、書字に困難が生じることがあります。お子さんが有している認知能力から考えて学習が可能と思われるにもかかわらず、ひらがな、カタカナ、漢字の読み、書きあるいはその両方の学習に困難が見られる状態です。形の視覚的認知・再生、語彙の広がり、音韻発達などとの関連が考えられています。眼球の運動や白い紙をまぶしく感じてしまうことなどが影響することも考えられます。
以上、小児にみられる主な言語障害を上げましたが、これらは、重なっていることも少なくなく、客観的に評価を行い、理解あるかかわりや治療的な対応につなげることが大切と思います。
3. てんかん
発達障害とてんかん
てんかんは珍しい疾患ではなく、日本では100万人(人口の約1%)の方が罹患しています。発達障害、特に自閉スペクトラム症では高率に合併することが知られています。発達協会王子クリニックは発達障害の方の受診率が高く、特に自閉スペクトラム症に合併するてんかんがほとんどとなっています。
自閉スペクトラム症(ASD)では5~38%、知的障害を伴う場合は、知的障害がない例の3倍に転換の併存が報告されています。注意欠如多動症(ADHD)で12~17%にてんかんを合併、てんかん児の20%でASDを合併、てんかん児の30%でADHDを合併が報告されています。1)
てんかんとは?
「てんかん診療ガイドライン」によると「大脳の神経細胞は規則正しいリズムでお互いに調和を保ちながら電気的に活動している。この活動が突然崩れて、激しい電気的な乱れ(過剰興奮・過同期)が生じることによって起きるのがてんかんである」とあり、「2014年、国際抗てんかん連盟(ILAE:International League Against Epilepsy)がてんかんを以下のいずれかの状態と定義される脳の疾患であると定義しました。①24時間以上の間隔を空けて2回以上の非誘発性(または誘発性)発作が生じる②1回の非誘発性(または誘発性)発作が生じ、その後10年間にわたる発作再現率が2回の非誘発性発作後の一般的な再発リスク(60%以上)と同程度である③てんかん症候群と診断できる。」2)と記されています。
てんかんの診断
てんかんを治療するにあたり、てんかんの正確で詳細な診断が必要です。そしてそれが薬剤選択や予後の判定にかかわってきます。この診断や治療に必要な分類が、国際抗てんかん連盟:ILAE から出されていますが、2017年に新しい分類(図1)を発表しました(それまでは2010年の分類が使われていました)。
【図1】ILAEてんかん分類2017年3)4)5)
新しい分類では、病因や併存症を含めたてんかんの包括的な診断と治療を行うべきであるとの提言がなされました。てんかんの診断は図1にあるように下記3段階で行います。
① てんかんの発作型(焦点起始発作、全般起始発作、起始不明発作)の診断:
② てんかん病型(焦点てんかん、全般てんかん、全般焦点合併てんかん、病因不明てんかん)の診断
③ てんかん症候群(特徴的な発作症状、脳波所見および画像所見などが一定のまとまりを示す集合体で、発症年齢や予後など年齢依存性の特徴をもっている。知的障害や精神障害などの明確な併存症を伴うこともある)の診断。
既知のてんかん症候群に当てはまらない場合は①②のみになります。
そしてさらに病因と併存症を加えた多軸診断を行います。
病因は構造的、素因性(遺伝性)、感染性、代謝性、免疫性、病因不明に分類されます。併存症は学習や精神・心理・行動の問題、脳性麻痺や歩行障害、運動異常症などの運動障害など多岐にわたります。
ちなみに①の発作型の分類をさらに細分化したものが、図2になります。
【図2】ILAEてんかん発作型分類 拡張版 4)5)
焦点起始発作、全般起始発作、起始不明発作の3分類のうち焦点起始発作は意識状態を表す用語として焦点意識保持発作と焦点意識減損発作に分類されます。
そして焦点起始発作も全般起始発作も運動症状の有無で運動性か非運動性に分類されます。
なお、ここでいう焦点とは脳の一部の焦点、全般というのは脳の全般という意味で、焦点起始発作というと脳の一部の焦点から激しい電気的な乱れが起こって始まる発作で、全般起始発作というと発作の初めから脳の全般に激しい電気的な乱れが起こっている発作です。焦点起始発作でも二次性に脳の全般に激しい電気的な乱れが広がり、発作が大きくなっていくことがあります。
てんかんとの鑑別が必要な状態や病気
てんかんとの鑑別が必要なものとして、小児では、乳児の熱性けいれんや憤怒けいれん、軽症胃腸炎関連けいれん(ロタウィルス感染で好発)、睡眠時ミオクローヌス、夜驚症、心因性非てんかん性発作があります。成人では、神経調節性失神(いわゆる失神)のほか、やはり心因性非てんかん性発作が多く,心血管性のてんかんにも注意を要します。過呼吸やパニック発作もあります。
この中で、心因性非てんかん性発作は、頻度が高く、常に念頭に入れる必要があります。いわゆる偽発作といわれるもので詐病と同等に扱われることもありますが、自らも認識されていないかもしれない内因性の葛藤が表出した発作であり、十分な理解とともに精神科的なアプローチが必要になります。伊藤らの調査6)では、てんかんをもつものや知的障害があるものに多いとされ、私たちが診ることも少なくありません。その鑑別のためにも、よく話を聞き、次の検査も行います。
てんかんの検査
1.脳波検査
脳波検査は、主にてんかんの確定診断、病型診断、治療効果の判定と予後の判定のために行われます。1回の検査だけでは診断ができない場合もあります。検査の頻度は明確なエビデンスはありませんが、当院では半年~1年の頻度で行っています。
てんかんあるいはてんかんが疑われる患者さんの動きのビデオ記録と脳波記録を長時間同時にモニターする「長時間ビデオ脳波モニタリング」は、薬剤抵抗性てんかん、外科治療時の局在診断、てんかんの確定診断、病型診断に有用です。
【図3】脳波検査記録
脳波検査は①覚醒時と②睡眠時の記録をします。③てんかん波(棘波、解棘徐波結語)を認めます。
2.画像診断
焦点てんかんが疑われる場合はMRI検査が有用であり、海馬硬化や皮形成異常などのてんかん原生病変の検出に有用です。素因性てんかんでは器質的異常の頻度が低いです。緊急時や石灰が疑われる場合はCT検査が有用です。
てんかんの治療
1.薬物療法
初回の非誘発性発作では原則として抗てんかん薬の治療は開始しませんが、初回発作でも神経学的異常、脳波異常、脳画像病変がある場合、てんかんの家族歴がある場合、高齢者、患者の希望がある場合などでは初回からの使用を考慮します。2回目の発作が出現した場合は、1年以内の発作出現率が高いため、抗てんかん薬の開始が検討されます。
発作型で、第一選択、第二選択の薬剤が推奨されています。また、型によっては投与を慎重にすべき薬剤もあり、これらを表5に示します。さらに薬剤によって有効で副作用が少ないと思われる参考域の血中濃度があり、薬剤の調整や副作用チェックのために抗てんかん薬の血中濃度を定期的に測定します(表6)。ただし、有効性や副作用を示す濃度は人によりかなり違うので、個々の観察が必要です。
【表1】抗てんかん薬 発作型による選択2)
【表2】抗てんかん薬の血中濃度2)
2.外科治療
薬剤治療抵抗性てんかん(適切に選択された2種類以上の抗てんかん薬で単剤あるいは併用療法が行われても、発作が継続した一定期間抑制されないもの)は外科治療を検討します。
3.迷走神経刺激療法
薬剤治療抵抗性てんかんには、迷走神経刺激療法(VNS: vagus nerve stimulation)も行われます。
王子クリニックの治療の実際
初回発作の場合は脳波検査、血液検査、他施設でMRIまたはCTを施行します。抗てんかん薬の治療を開始する場合は発作型や脳波所見により薬剤の選択を行います。それ以降は、6か月~1年に1回 脳波検査、血液検査(抗てんかん薬血中濃度、肝機能、腎機能など一般検査)を行っています。
また、規則正しい生活、特に睡眠不足や体調管理、ストレスの軽減を心がけるよう生活指導を行います。
王子クリニックの特徴として、自閉スペクトラム症、知的障害などの発達障害の方の受診が多いため、必然的に発達障害に併発したてんかんがほとんどです。向精神薬、抗うつ薬、抗アレルギー薬の中にてんかん発作を誘発することがあるといわれますが、実際の診療の中で明らかな因果関係があったものはありません。向精神薬をやめることができない場合は、抗てんかん薬と併用します。
向精神薬および向精神薬以外の抗てんかん薬に対する影響、逆に抗てんかん薬の向精神薬に対する影響も考慮しなければなりません。感情調整作用のあるバルプロ酸とカルバマゼピンはてんかんと向精神薬として使用しています。てんかんが緩解してバルプロ酸やカルバマゼピンを減量すると攻撃性が増すことはよく経験するところです。
参考文献
1)日本てんかん学会編集「てんかん学用語事典 改訂第2版」2017年10月
2)日本神経学会監修 てんかん診療ガイドライン作成委員会編集「てんかん診療ガイドライン2018」
3)中川栄二,日暮憲道,加藤昌明(日本語訳監修).ILAEてんかん分類:ILAE分類・用語委員会の公式声明.
ILAE classification of the epilepsies: Position paper of the ILAE Commission for Classification and Terminology. てんかん研究.2019; 37(1): 6-14
4)中川栄二,日暮憲道,加藤昌明(日本語訳監修).国際抗てんかん連盟によるてんかん発作型の操作的分類:ILAE分類・用語委員会の公式声明. Operational classification of seizure types by the International League Against Epilepsy: Position Paper of the ILAE Commission for Classification and Terminology. てんかん研究.2019; 37(1): 15-23
5) 中川栄二,日暮憲道,加藤昌明(日本語訳監修).ILAE2017年てんかん発作型の操作的分類の使用指針. Instruction manual for the ILAE 2017 operational classification of seizure types. てんかん研究.2019; 37(1): 24-36
6)伊藤ますみ、ら;成人てんかん治療におけるpseudoseizureの特徴と診断。厚生労働省精神・神経疾患研究委託費(13指-1)、てんかんの診断・治療ガイドライン作成とその実証的研究、平成15年度研究報告書、pp61-66.2004
4. 子どもの心身症
「心身症」という言葉を知っていますか?「学校に行く前に鼻血を出しやすい」、「テストが近づくと下痢や腹痛が増加する」、「嫌なことを考えるとめまいや頭痛がする」。こんなことはありませんか?私は仕事が忙しくなると「胃が痛く」なります。このように多くの人は日常生活の中で多かれ少なかれ「こころと身体の関係性」を認識しています。特に子どもは、大人よりもストレスに耐えうる力が低く、葛藤を抱えやすく、葛藤を言語化することも未熟なため身体症状を呈しやすい傾向があります。子どもでは心理社会的要因が関与するすべての身体症状を「心身症」と考えますが、ここでは「心身症」の概要や対応、子どもの心身症のうち代表的な起立性調節障害、過敏性腸症候群、摂食障害についてお話します。
小児心身症の概要
日本小児心身医学会では2014年に「18歳未満の子どもの身体症状を示す病態のうちその発症や経過に心理社会的因子が関与するすべてのものをいう。それには、発達・行動上の問題や精神症状を伴うこともある」を「心身症」と定義しました。
小児心身症に含まれる器質的・機能的疾患には、起立性調節障害といった自律神経系・循環器疾患、蕁麻疹や気管支喘息といったアレルギー・呼吸器疾患、過敏性腸症候群や胃・十二指腸潰瘍、周期性嘔吐症といった消化器疾患、片頭痛や緊張型頭痛、摂食障害といった神経系疾患など多彩な疾患が該当します。心理社会的因子の影響を疑う所見には①症状の程度や場所が移動しやすい、②症状が多彩である、③訴えのわりに重症感がない、④理学所見/検査所見と症状が合わない、⑤曜日や時間によって症状が変動する、⑦学校を休むと症状が軽減する、といった特徴がみられます。
心身症は、こころと身体のつながりによって発症します。体質や先行感染などの身体的要因に心理社会的因子が影響し、身体症状につながります。頭痛・腹痛といった身体症状は不快感や、人によっては不登校などの状態を引き起こすことがあります。「この症状がいつまで続くのだろう」と身体症状が二次的にこころへの影響を及ぼし、さらに身体症状を増悪させていくのです。心理社会的因子による身体症状の発現には複数の経路がありますが、どの経路も中枢神経の反応を受けて身体組織に影響を与えます。大脳皮質で認識されたストレッサーは性質や程度によって大脳辺縁系で不快な情動を引き起こし、大脳辺縁系から視床下部という場所に影響を及ぼします。そして脳幹・脊髄レベルで自律神経に影響をあたえ、循環や呼吸、体温、血糖などの変動を来たします。さらに視床下部から視床下部-下垂体-副腎皮質系を介して副腎系ホルモン分泌に影響、さらに概日リズムにも影響します。複数の経路によるストレスの影響はリンパ球やマクロファージの活性低下にもつながり、免疫能も低下し、結果として多彩な身体症状を呈することになります(図1)。
小児心身症の対応
心身症のケアとしてはBiopsychosocialモデルという考え方があり、1977年に精神科医のジョージ・エンゲルが提示した医療保健モデルで発症や疾患の維持において身体面だけでなく心理社会的因子も併せて重視しています。慢性疾患の治療やケアはBiopsychosocialの視点でとらえアプローチしていくとわかりやすく、現在広く浸透してきた考え方になります。
1. 生物学的要因(Bio)と対応
脳の生物学的異常や遺伝子などによる体質、神経発達症の併存などは生活環境との相互作用の中で不適応を生じやすく身体症状を呈しやすいです。日常生活を妨げる身体症状に関しては症状を和らげる目的で生活指導や薬物治療を行います。生活指導では健康な生活習慣を身につけ維持することを目標として、十分な睡眠時間の確保、食事の質とバランスの維持、運動の質と体力の維持・向上を励行します。また生活指導によっても日常生活を妨げる症状があれば症状緩和の目的で薬物療法を行うこともあります。
2. 心理学的要因(Psycho)と対応
本人の物事の捉え方、ポジティブ思考かネガティブ思考か、自尊心、ストレスを処理する能力、自分をコントロールする能力なども影響します。幼少時の体験(虐待など),性格,社会的スキルなどの問題も関係が深いと考えられています。アプローチとしては、本人と家族にこころと身体のつながり「心身相関」について説明し理解を促します。症状をなくすのではなく症状と付き合い、症状がありながらできることをします。できていることに周囲やなにより本人が注目し、認めることが大切なのです。
3. 社会的な要因(Social)と対応
社会的な要因(Social)として、家族、職場、学校などの環境、家族関係、学校の人間関係、家族からの虐待、家庭の貧困、学校でのいじめ体験など子どもにとって逆境となる環境は社会的要因となります。本人にとって強いストレスに関しては学校や家庭の環境調整を行う必要性があるでしょう。
しかし生きていくうえでストレスがなくなることはありません。ある程度のストレスがありながらできていることを周囲が理解・評価し、自分自身も頑張っている自分を認めることが大切です。そのような積み重ねの中でストレスに耐えうる力が強められると考えられます。ストレスによる負荷が過度にならないよう注意しながら、子どもの成長の機会になるように周囲が見守っていきましょう。
代表的な小児心身症
1. 起立性調節障害(orthostatic dysregulation : OD)
ODは循環器系の自律神経障害によるさまざまな症状を呈する身体的疾患の一面を持ちながら、背景に心身症の要素を抱えやすく、ODの50~60%に不登校を併存すると言われています。ODは頻度の高い病態で、近年増加傾向にあります。好発年齢は10~16歳、有病率は小学生で約5%、中学生で約10%と小学校高学年から多くなり中学生で急増します。男女比は1対1.2~1.5でやや女子に多いです。夏や気圧の変化など季節や天候によっても症状が変動、増悪します。小児科外来を受診する5人に1人がODの何らかの症状を持っているともいわれており、小児科医は必ず一般外来で出会う疾患です。臨床症状や新起立試験で診断を行いますが、鉄欠乏性貧血、甲状腺機能亢進症、脳腫瘍、心疾患なども類似症状を示すため血液検査や心電図などで鑑別をしていきます。治療としては疾病教育、水分・塩分摂取、運動、生活リズムの改善といった非薬物療法と薬物療法、また学校への説明や環境調整も必要となることがあります。高校生以上で軽快することも多いですが中には成人になっても症状を認める場合もあります。
2. 過敏性腸症候群(irritable bowel syndrome : IBS)
IBSは機能性腹痛症候群の一つですが、ストレスなど様々な要因により腸脳相関が病態に関与して便通異常を伴う慢性的な腹痛を示すものです。診断はRomeⅣ分類を使用し、上腹部中心の痛みで便通異常を伴わない場合は機能性ディスペプシア、便性によって低年齢に多いRAP(反復性腹痛)型、頻度は少ないですが女子に多い便秘型、男子に多く不登校につながりやすい下痢型、女子に多いガス型に分類されます。日本におけるIBSの有病率は小学生で1~2%、中学生で2~5%、高校生で5~9%と成長とともに増加し、成人では10%に至り、家族歴を認めることも多いです。治療としては、疾病教育、正常な排便習慣の回復を目指し食事指導(カフェインや香辛料を控える、低FODMAP食など)や生活習慣の指導などの非薬物療法からはじめ、そのうえで薬物療法も行っていきます。
3. 摂食障害(eating disorder: ED)
近年、子どもの摂食障害は増加しています。さらに2020年以降は、COVID-19パンデミック下において10代の摂食障害が増えていると世界的に報告され、日本も例外ではありません。当科(獨協医科大学埼玉医療センター子どものこころ診療センター)では、2019年と比較して2020年は摂食障害初診患者が倍増し、2021年もその傾向が維持されました。また、摂食障害の病型は一つではありません。小児においても成人と同様に痩せ願望を伴い体重や体型が自己評価や自尊心に過剰に影響する「神経性やせ症(AN)」の病型が多いですが、小児では痩せ願望を伴わず嘔吐恐怖や何らかの不安による食欲低下を契機にした「回避・制限性食物摂取症(ARFID)」の病型も少なくありません。AN、ARFIDにかかわらず子どもの摂食障害は発育を要する時期に十分な栄養が充足されないことによって骨粗鬆や低身長、初経発来の遅延などの身体的合併症をきたす可能性があります。身体的合併症以外にも不安障害やうつ病といった気分障害など様々な精神症状の併存を認めると社会生活や家族機能に大きな影響をきたすため小児摂食障害では特に早期発見と早期対応が重要となります。さらに小児摂食障害では背景に自閉スペクトラム症(ASD)の特性を併せ持つ場合が少なくないことが分かっていますが、その場合には背景にある発達特性に留意した対応も必要となります。初期治療は、栄養障害の改善と改善した身体状態を維持する食行動の回復を目指し、外来・入院治療どちらでも身体症状の治療が優先されます。体重増加に対する子どもの不安に寄り添いながら、「今あなたを不安にさせ、食事をさせないのは摂食障害という存在である」と疾患の外在化を行い、そのうえで血液検査や成長曲線などの客観的な栄養評価を視覚的に見せて「身体的病識」を持たせ治療動機を持たせていくことが重要となります。心理療法は、食行動や身体症状が改善傾向となってから開始します。NICEガイドラインでは思春期・若年期のANの心理療法でエビデンスが認められているのは家族療法だけであり、Family Based Treatment (FBT)という手法は日本でも広まりはじめています。
5. 子どもの睡眠障害とその対応-とくに発達障害(神経発達症)と関連して
はじめに
睡眠は、心身の疲労回復のみならず、昼間に十分能力を発揮するためにも、さらには、生命維持や成長のためにも、大切な役割を果たしています。極端な睡眠不足や睡眠リズムのくずれが続くと、注意力や思考力が低下し、体調不良や精神的な不調に陥りします。子どもでは、精神的な成熟や学習の妨げになったり、成長障害の一因になったりします。そのため、特に子どもでは、適切な睡眠を確保することが大変重要です。発達障害(神経発達症)の特性がある方は、様々な要因から睡眠障害を持っている方が多く、特に配慮が必要です。生活習慣や環境の見直しが、まずは大切ですが、時には薬物治療も必要になります。
Ⅰ.子どもの睡眠障害にはどのようなものがあるのか。
ICSD-3 1)で、以下に分類されますが、うち小児期にあり得る主なものをあげます。
1. 不眠障害:これは慢性不眠障害(3カ月以上持続)と短期不眠障害に分類され、さらに状況により、入眠困難、睡眠維持困難、早朝覚醒、熟眠障害があり、それらが混合していることも少なくありません。
2. 睡眠関連呼吸障害群:扁桃肥大やアデノイドによる閉塞性睡眠時無呼吸障害群、乳児や未熟児、薬物などの物質による、あるいは原因不明の中枢性睡眠時無呼吸障害群、肥満や身体障害、薬剤関連などの睡眠関連低換気障害群などがあります。
3. 中枢性過眠症群:ナルコレプシー、特発性過眠症、Kleine-Levin症候群、睡眠不足症候群などがあります。
4. 概日リズム睡眠-覚醒障害群:睡眠相前進型、睡眠相後退型、不規則睡眠覚醒型、非24時間型などがあります。
5. 睡眠時随伴症群:NREM睡眠随伴症(錯乱性覚醒、睡眠時遊行症、睡眠時驚愕症、睡眠関連摂食異常症)、REM睡眠随伴症(レム睡眠行動障害、反復性弧発性睡眠麻痺、悪夢障害)があります。
6. 睡眠関連運動障害群:レストレスレッグズ症候群、周期性四肢運動障害、睡眠関連こむらがえり、睡眠関連歯ぎしり、睡眠関連律動性運動障害などがあります。
7. その他の睡眠障害
以上の睡眠障害の中で、神山は、子どもに関連が深い項目として、不眠障害では、不適切な睡眠衛生、小児期の行動性不眠症をあげ、睡眠環境の改善と入眠儀式を促しました。中枢性過眠症群では、ナルコレプシー、Kleine-Levin症候群、夜間の睡眠不足による睡眠不足症候群をあげ、概日リズム睡眠-覚醒障害では、その要因の把握が必要としました2)。
実際、一般的には子どもが睡眠障害になることは少なく、治療を要する睡眠の問題がある場合、基盤に何らかの要因があることが多いです。対応や治療を考える場合、睡眠障害の基盤となる要因および病態を考えることが、実際には重要であり、有用です。すなわち、子どもの睡眠障害については、睡眠障害分類と程度を判定し、その基盤となる要因、病態を十分検討した上で、睡眠環境を整え、ときには薬物治療を含む治療的な対応をします。
睡眠障害の基盤となる要因として、しばしば考えられるのは、自閉スペクトラム症、注意欠如多動症といった発達障害(神経発達症)、不登校と関連する小児慢性疲労症候群3)、不安、緊張が長く続いている状態、まれには、うつ病、双極性障害、統合失調症といった精神疾患も考えられます。てんかんも鑑別としては重要です。閉塞性呼吸障害を来たす慢性鼻炎や扁桃肥大やアデノイドも少なくありません。高度肥満による睡眠時低換気あるいは無呼吸も要注意です。重度なアトピー性皮膚炎、喘息などのアレルギー疾患も睡眠の妨げになり得ます。他の要因と重なってはいることが多いですが、ネット依存も大きな要因となってきています4)。
Ⅱ. 睡眠環境を整える
Ⅰに書きましたように、個々の睡眠障害の要因によって、それに応じた様々な対応が必要ですが、ここでは、基本的なことのみ、簡単に伝えます。
厚生労働省のホームページには「若年世代は夜更かし避けて、体内時計のリズムを保つ。 子どもには規則正しい生活を!休日に遅くまで寝床で過ごすと夜型化を促進する。 朝目が覚めたら日光を取り入れる。 夜更かしは睡眠を悪くする。」と記載があります。1 日の覚醒と睡眠のタイミングを司っている体内時計は、起床直後の太陽の光を手がかり にリセットし、1 日の時を刻んでいます。光による朝のリセットが毎朝起床直後に行われな いと、その夜に寝つくことのできる時刻が少しずつ遅れます。寝床に入ってから携帯電話、メールやゲー ムなどに熱中すると、目が覚めてしまい、さらに、就床後に、長時間、光の刺激が入ることで覚醒を助長することになるとともに、そもそも、夜更かしの原因になるので、注意が 必要です。周囲の大人も子どもの夜更かしを助長させない努力が必要です。
また、「早寝・早起き・朝ごはん」という標語がありますが、「早起き」から始めるのが良いといわれています。まず1週間、頑張って早起きをさせましょう。そして日光を浴びます。それが無理なら窓辺で顔を戸外に向けるのでも結構です。1~2週間ほども続けると多くの子どもたちの体内時計は徐々に朝型に変わり、早起きの辛さは減ってきます。早起きさせた分の睡眠時間は早寝になった分で取り返せます。早起きから始めることで、太陽と朝食を効果的に使って体内時計の時刻合わせを行います。ただし週末にお昼近くまで寝坊してしまうと体内時計が一気に遅れ、1週間分の苦労は水の泡になってしまいます(厚生労働省、健康情報サイトから引用)。
Ⅲ.各睡眠障害への薬物治療
様々な面での発達や成長、健康の妨げになる睡眠障害のすべてが、薬物治療の対象になり得ますが、環境調整が、まずはなされるべきであることは言うまでもありません。また、多くの薬は、小児での安全性が確立しておらず十分な注意が必要です。以下によく遭遇する睡眠障害への薬物治療について述べます。
1. 不眠障害
1) 情緒面や行動面の問題が目立たない場合
発達障害の特性が関与する睡眠障害であることが多いです。
その中でも、自閉症スペクトラム障害がある子どもではメラトニンが有効であることが多いです5)6)。メラトニン受容体アゴニストのラメルテオンもしばしば有効ですが、メラトニンそのものより、入眠障害への効き目は弱い印象です。また、午前中まで眠気が残ることがあり注意が必要です。ただし、中途覚醒が目立つタイプでは、ラメルテオンがより有用であることが多いです。現在、メラトニン(メラトベル細粒®)は6歳以上16歳未満、ラメルテオン(ロゼレム®)は成人で承認されています。
近年、覚醒レベルを保つことに関係のあるオレキシン受容体拮抗薬が成人で承認され、依存や認知機能の低下を引き起こさないことから、積極的に使用されます。
また、扁桃肥大やアデノイド同様、慢性鼻炎も、状態が重ければ、次の閉塞性呼吸障害になるが、軽くても、熟眠障害を来たすことがあります。耳鼻科的な治療はもとよりですが、葛根湯加川芎辛夷や荊芥連翹湯処方が効果的です。
2) 情緒面や行動面の問題が目立つ場合
発達障害の特性が関与していることが多いですが、そうでないこともあります。
自閉スペクトラム症の易興奮性、易刺激性が関与している場合は、抗精神病薬が適応になる。リスペリドンおよびアリピプラゾールが小児(6歳以上18歳未満)の自閉スペクトラム症の易刺激性に適応となりました。
不安や緊張が目立つ場合、抗不安薬を就寝前に服薬することで、睡眠障害の改善が図られることがある。抗不安薬の使用については、頓用あるいは短期間の使用にとどめることが多いです。
筆者は、しばしば、鎮静効果が期待できる、リラックスを図ること、あるいは、不安、緊張を軽減することが期待できる漢方薬(抑肝散、抑肝散加陳皮半夏、柴胡加竜骨牡蠣湯、半夏厚朴湯など)を試み、不眠障害が改善することを経験します。
その他、不眠症薬として、ベンゾジアゼピン系睡眠薬、非ベンゾジアゼピン系睡眠薬がありますが、長時間作用する薬は日中の認知力に影響する可能性があり、また、短時間に効果を感じる薬は依存を引き起こしやすいと考えられ(とくにベンゾジアゼピン系睡眠薬)、発達時期の小児では、出来るだけ使用を控えたいと考えます。
うつ病、双極性障害、統合失調症様反応あるいは統合失調症が関与していると診断された場合、その治療に準じます。
2. 睡眠関連呼吸障害
扁桃肥大やアデノイド、重症の鼻炎による閉塞性睡眠時無呼吸障害群では、先に上げた、葛根湯加川芎辛夷や荊芥連翹湯処方が効果的である。肥満によるものでは、肥満対策が第一であるが、便通もよくない場合は防風通聖散、関節痛もあるような場合は防已黄耆湯処方が推奨されます。
3. 中枢性過眠症候群
やはり規則正しい日常生活が大切なのですが、ナルコレプシーが薬物治療の対象となる。薬物治療としては、昼間の眠気と睡眠発作に対しては、嗜癖を形成しにくいモダニフィル100-300mg(成人)を使用。これが無効の場合、終夜睡眠ポリグラフで診断と重症度を確認した後、登録医により、メチルフェニデート10-60mgの処方が可能とされている7)。
4. 概日リズム睡眠-覚醒障害
1) 不登校に関連する睡眠相後退型
多くの不登校児は小児慢性疲労症候群とも考えられる状態になっており、睡眠障害だけではなく、総合的に状況を検討して対応することが必要ですが、概日リズム睡眠-覚醒障害を修正していくことが心身の状態の改善につながることもある3)。薬物としては、不眠障害の項で記したメラトニン、ラメルテオン、オレキシン受容体拮抗薬は試みる価値があります。その場合、朝に眠気が残らないよう服薬の工夫が必要である。正しいリズムがつくまでは、一時的にベンゾジアゼピン系の不眠症薬の服薬を併用しても良いと思います。
また、前述の不眠障害で記した「情緒面や行動面の問題が目立つ場合」と同様な状況がある場合、それと同様の治療を考えます。
2) その他
前述1)同様、1日の生活パターン、環境が重要であるが、薬物としては、1)に準ずる。また、ビタミンB12が有用であったとの報告8)があり、筆者も改善を見た例を経験している。
5. 睡眠随伴症
1)NREM睡眠随伴症(錯乱性覚醒、睡眠時遊行症、睡眠時驚愕症など)
薬物治療は必要としない場合が多いが、頻度、程度が著しい場合は、少量のニトラゼパム(ベンザリン®やロフラゼプ酸エチル(メイラックス®)を処方。三環系抗うつ剤が有効な場合もあります9)。
2)REM睡眠随伴症(レム睡眠行動障害など)
クロナゼパム、これの効果がないときは、イミプラミンなどの三環系抗うつ薬が適応とされるが、メラトニン、パロキセチン、ドネべジル、プラミベキソールの有効性も報告されている9)。
6. 睡眠関連運動障害
1)レストレスレッグズ症候群
鑑別や治療の詳細は他項に譲るが、原因、誘因となる病態の治療が第一である。それが難しい場合、ブランベキソール(ビシフロール®)、ガバペンチン エナカルビル(レグナイト®)が使用されます。クロナゼパムが使用されることもあります10)。
2)周期性四肢運動障害
1)と共通した病態であり、治療も同様に考えて良いです。
おわりに
以上、睡眠障害について、睡眠障害にどのようなものがあるのかと薬物治療を含めた対応についてまとめました。繰り返しになりますが、特に小児の睡眠障害については非薬物治療が中心となります。また、記載した薬物のほとんどが、小児への安全性が認められていません。使用は、出来るだけ、短期間の使用あるいは頓用にし、慎重な使用が求められます。しかし、睡眠障害への適切な対応は、より良い発達につなげることもあり得ますので、様々な選択肢があってよいと思います。
参考文献
1) American Academy of Sleep Medicine: Internal Classification of Sleep Disorders, Third Edition. American Academy of Sleep Medicine,2014
2) 神山潤: 小児でよく見る睡眠関連病態. 総合診療医のための「子どもの眠り」の基礎知識. 新興医学出版社(東京). 29-48. 2008
3) 三池輝久: 疲労の臨床 小児型慢性疲労症候群と不登校. 医学のあゆみ・226: 710-716. 2009
4) 中山秀記: 若者のインターネット依存. 心身医学・55: 1343-1352. 2015
5) 伊藤淳一, 西條晴美, 田中肇, 他: 発達障害児の睡眠障害に対するメラトニン治療. 小児科臨床・49: 517-524. 1996
6) 石崎朝世, 洲鎌倫子, 竹内紀子: 発達障害の睡眠障害、情緒・行動障害に対するメラトニンの有用性について. 脳と発達・31: 428-437.1999
7) 睡眠障害の診断・治療ガイドライン研究会, 内山真, 編集. 過眠症. 睡眠障害の対応と治療ガイドライン第2版. じほう(東京). 185-191. 2012
8) 高橋清久: 我が国における睡眠覚醒リズム障害の多施設共同研究(第2報)ビタミンB12および光療法の効果. 精神医学・36: 275-284. 1994
9) 睡眠障害の診断・治療ガイドライン研究会, 内山真, 編集. ねぼけ. 睡眠障害の対応と治療ガイドライン第2版. じほう(東京). 231-242. 2012
10) 睡眠障害の診断・治療ガイドライン研究会, 内山真, 編集. レストレスレッグズ症候群と周期性四肢運動障害. 睡眠障害の対応と治療ガイドライン第2版. じほう(東京). 2223-230. 2012
6. ゲーム障害
はじめに
ここ十数年でICT(Information and communication Technology)環境は大きく変わりました。インターネットの普及、スマホの登場、COVID-19による社会の変化などがその進歩に大きな影響を与えました。そして同時に弊害も社会問題になっていますが、ICTのない社会に戻ることはないので、うまく付き合っていかないとなりません。
2020年版総務省情報通信白書によると、情報通信機器の保有状況は2019年にはスマホ83.4%とパソコン(PC)69.1%を上回りました。同年のインターネット利用率は89.8%で、端末別ではスマホ63.3とPCの50.4%でした。内閣府の「青少年のインターネット利用環境実態調査では一日の平均費用時間は高校生男子が268分、高校生女子229分、中学生男子186分、中学生女子167分、小学生男子141分、小学生女子117分で、利用するスマホコンテンツは動画(78.6%)、SNS(77.0%)、ゲーム(72.4%)、音楽(67.1%)となっていて、小学生に限るとゲーム(70.9%)と最多でした。
厚生労働科学研究のインターネットの過剰使用調査では、インターネット依存疑い者は2012年52万人から2017年93万人へと増加したと報告されています。オンラインゲームに関する37の横断研究によると有病率は0.7~27.5%と幅がみられました1)。
ゲーム障害
2013年、DSM-5(アメリカ精神医学会:精神疾患の診断・統計マニュアル第5版)で、エビデンスが積み重ねられていたゲームのみを「インターネットゲーム障害(IGD:internet gaming disorder)」として診断項目(今後の研究のための病態の項目)に追加されました。ネット関連のほかのアプリ(SNSや動画など)は将来的に正式な疾患になる可能性はあるがエビデンス不足で診断項目には含まれませんでした。
2018年6月に発表されたWHOによる国際分類疾病分類第11版(ICD-11)で「ゲーム障害」が疾患として「嗜癖行動による障害」に診断分類されました。ネット関連のほかのアプリについては「その他の嗜癖行動による障害」に分類することになっています。
ゲームを通じて子どもは探索を学び、認知能力を養い、緊張を解き放ち、親との絆や仲間との友好を深める、ゲームの場において人は技能を習熟させ、現実世界で望ましいとされる役割を演じることができる、ゲーム全般が有益な活動と考えられる一方で、この10数年におけるオンラインゲームを中心としたデジタルゲームの隆盛は、ゲームをしすぎる人々という新たな懸念の対象をもたらし、こうしたプレーヤ―にとって、ゲームは有益な活動ではなく有害な活動になっていて「インターネットゲーム障害」、「ゲーム障害」として認知されるに至りました。2)3)
ゲームの種類2)
・ジャンル(シューティング、ロールプレイング、ストラテジー、シュミレーション)
・プラットフォーム(PC、スマホなど)
・モード(1人プレイか他人との対戦※1か)
・オンライン持続性(オンライン※2かオフラインか)
・目標(暴力や説得、隠密行動の戦術で敵に勝つなど)
多人数型オンラインゲーム※1※2
・大規模多人数型オンラインゲーム(MMO:massively multiplayer online game)はIGDに結び付きやすい。中でもMMORPG(ロールプレイング)は終わりのないゲーム構造にデザインされている。
・多人数型バトルアリーナ(MOBA: multiplayer online battle arena)対戦型ゲーム
併存症との関係4)
発達障害(自閉スペクトラム症、注意欠如多動性障害)、不安症、強迫症、抑うつ、反抗挑戦翔、素行症、不登校、引きこもりなどの疾患との関連がいわれており、併存症への対応が必要です。
治療
専門的な治療が必要な場合は久里浜医療センターなどの専門病院受診を勧めています。認知行動療法、心理教育的プログラム、家族治療、集団カウンセリング等が行われています。生活習慣の著しい乱れ、身体合併症の悪化、家族への暴力などにより在宅が困難な場合は入院治療の対象になります。
予防・対応2) 4)
年齢によって対応は異りますが、目標はゲームの時間を自律的にコントロールできるようになることです。ネットやゲームの時間を減らすことが目標ではなく、ネットやゲームを使っていない時間を増やすことです。ゲーム以外のリアルな世界での興味・関心を広げていくことです。
親が一方的に作ったネットやゲームについての約束は子どもは守れないものです。子どもと一緒に約束の内容を考えるようにします。やるべきことをやってからゲームという約束は守れる子どもは少なく、宿題もやっつけ仕事になりかねません。子どもの性格にあった対応が必要かと思われます。
予防戦略には①教育に関するリソース②法的整備や規制の施行(日本では総務省、厚生労働省、文部科学省が管轄⓷技術的遺作④世間の意識を高めるメッセージ⑤環境的遺作などがあります。
親の役割
「オフにするだけアプローチ」(ゲーム機器を取り上げるだけかインターネットの接続をオフにするだけ)は問題のあるゲーム使用が軽度でユーザーが若く、以前に奏功した実績がある場合には有効かもしれないが、そうでない場合は対人葛藤を招き、物理的な報復や暴力の発生リスクを伴うことがあります。
2009~2015年に一部の保健機関と専門組織が、家庭環境のゲーム活動について、親がとるべき行動のガイドラインを作成しています。
(1) ゲーム製品の適合性を判断できるように、市販されているゲームの種類と子どものゲームの好み把握する
(2) 電子メディアの健全な使用をモデル化し過剰使用を助長しないようにする
(3) 問題のあるゲーム使用に対する警告となる徴候ついての知識を得る。そうした徴候の例には、気分の変化(子どもがゲーム中しか楽しそうでない)、ゲーム使用による睡眠不足、他の活動に対する興味の減退、ゲーム使用に対する嘘、ゲームの中止依頼に対する拒否などがある
(4) あらかじめゲームに費やす時間の上限を設定しておき、家族の活動のひとつとしてゲームをするよう努める
(5) 子どもや青年がオンラインで誰とゲームをしているか把握し、サイバー領域の安全性について話し合う中で、見知らぬ他人と個人情報を共有しないことを確認する
(6) ゲーム機器をどのように使用するか決めたうえで、ゲーム機に対してペアレントコントロール(コンテンツ制限や時間制限の設定)をかけ、クレジットカードなどでゲームに課金するオプションをロックする
(7) ゲーム以外の関心対象や活動を支援する。特にスポーツや運動といった、画面を使用しない活動が望ましい。
参考文献
1)松崎尊信、樋口進:「インターネット・ゲーム障害(DSM-5)、ゲーム障害(ICD-11)」児童・青年期の精神疾患治療ハンドブック 精神科治療学 Vol.35.316-320
2)ダニエル・キング、ポール・デルファブロ:ゲーム障害 ゲーム依存の理解と治療・予防、2021年、福村出版
3)厚労省HP 樋口進 ゲーム障害についてhttps://www.mhlw.go.jp
4)吉川徹:ゲーム・ネットの世界から離れられない子どもたち、2021年、合同出版社
7. 障害のある方の内科疾患について
王子クリニックは発達障害や神経疾患で通院する患者さんと御家族の、内科的なcommon disease(日常的によく見られる疾患や症状)にも対応していますので、診療の一端を御紹介します。プライマリケアにも精通した小児科専門医及び神経小児科専門医、神経発達症の患者さんの対応に熟練した看護士2名と臨床検査技師の皆さんのチームに内科非常勤医2名が加わり診療にあたっています。身体に触れられることを嫌がる患者さんや慣れない環境ではパニックを起こす患者さんもいらっしゃいますが、通いなれた当院でなら検査を受けられる患者さんも少なくありません。血液検査、尿検査、レントゲン検査、心電図、超音波検査、脳波検査など、できることは限られていますが、個々の患者さんを全身的に把握することを心掛けています。
1.救急疾患
重度の身体障害や知的障害を伴う患者さんは誤嚥性肺炎など急性感染症を発症しやすい傾向があり、栄養状態の悪化や体力の低下を背景に深刻な状況に陥ることがあります。自分から症状を訴えられない患者さんの場合、「いつもと違う」「元気がない」と御家族が心配される時は、血液検査、レントゲン検査、心電図などを行い、肺炎、尿路感染症、急性胆管炎、急性腹症、心筋梗塞、肺塞栓などの急を要する疾患がないか鑑別し、外来で対応できるか高次医療機関に連携が必要かを迅速に判断しなければなりません。
2.体重減少
重度の自閉を伴うダウン症の患者さんや、知的障害がある自閉症の患者さん、多動の患者さんの中にはもともとやせている方もみられますが、徐々に、あるいは比較的急に体重減少や食欲不振がみられるときは何か疾患が隠されているかもしれません。甲状腺機能亢進症、糖尿病の悪化、関節リウマチなどの自己免疫性疾患や感染症などの合併がないかを調べ、原因を特定できないときは、さらに悪性腫瘍や血液疾患、内分泌疾患などを否定するために消化管内視鏡検査や画像検査を行える高度専門医療機関にお願いしなければならないこともあります。やせと食事摂取の低下は易感染や全身状態の悪化を引き起こすこともあるので、障害をもつ患者さんにおいては最も注意を要する症状だと思います。
3.肥満症
自閉症や発達障害の患者さんは、疾患のもつ特性から肥満になりやすいことが報告されています1)。当院にも肥満に伴う様々な健康障害を有する若年の患者さんがいらっしゃいます。性別にかかわらず、思春期以降にかなり急激に激しい体重増加がおきてBMI35~50の高度肥満を呈することがあります。学校を卒業した後は運動をする機会がほとんどなくなり、座位時間が増えること、過食や偏食など食行動の異常が顕著になること、睡眠障害や過敏、易興奮や攻撃性、うつなどが現れ、問題行動を緩和する為に服用する向精神薬の影響など、複数の原因が重なり高度の肥満を来すと思われますが、内分泌疾患などの二次性肥満の除外診断も念頭におかなければならないと思います。
肥満に伴う健康障害は、脂肪肝、糖尿病、脂質異常症、高血圧、高尿酸血症、痛風、夜間睡眠時無呼吸、肺胞低換気、気管支喘息、静脈血栓、肺塞栓、悪性腫瘍、偽性黒色表皮腫、多嚢胞性卵巣症候群等々多岐にわたり、BMIが 増加すると冠動脈疾患や脳血管障害などによる死亡が増加することが分かっています2)。
肥満症および肥満に伴う健康障害の治療の基本は減量です。減量のための外科手術と食欲を抑制する薬物療法は保険診療として認められている治療もありますが、神経発達症を有する患者さんに対しての長期にわたる有効性と安全性の検討は行われていません。
家庭の場で減量を達成するのは容易ではありませんが、高度の肥満は体重が5%~10%減ると血圧や中性脂肪、血糖が改善するといわれます2)ので、巷間にあふれる高脂肪食や炭水化物の過剰摂取、糖質の高い飲食物を避けるだけでもリスクは少しでも軽減するのではないかと思います。
生活習慣の改善について御家族と御本人に指導し、個々の患者さんに合う漢方薬やガイドラインに則した高血圧、脂質異常症、糖尿病、高尿酸血症などの治療薬の処方を行い定期的な経過観察をすることが診療の主体になります。
4.肝機能障害
内科を受診する患者さんで頻度が高いのは、血液検査でAST、ALT、γGTPなどの肝機能異常が現れることです。肝臓の数値が悪くなり、肥満と高脂血症を伴う時は脂肪肝が疑われます。脂肪肝の確定診断には肝生検が必要ですが、実際の臨床現場では、まず超音波検査と血液検査を行い、超音波検査で脂肪肝に特有の所見が認められ、かつ、血液検査でウイルス性肝炎や自己免疫性肝炎、ウイルソン病、胆石胆嚢炎、黄疸などが除外されれば、脂肪肝と診断します。アルコール摂取量が女性で1日20g以下、男性で30g以下の脂肪肝を非アルコール性脂肪性肝障害(NAFLDナッフルディ)と呼称し、飲酒が原因で起こるアルコール性脂肪肝と区別しています。アジア人はBMI30未満であっても内臓脂肪型肥満、インスリン抵抗性の合併が欧米より高く、非肥満NAFLDの有病率が高い背景になっているといわれます3)。NAFLDは肝の線維化が進展すると肝硬変や肝臓癌に進展するリスクがあるので、長期にわたる経過観察が必要です。一般診療所で肝の線維化を診断することは難しいので、罹病期間が5年以上の長期にわたれば専門医の診察をお勧めしています。
抗てんかん薬や向精神病薬を服用している患者さんに肝障害を認めた場合には、脂肪肝と薬剤性肝障害の鑑別が非常に難しくなります。抗てんかん薬や向精神病薬は安易に中止することができない重要な薬なので、小児神経専門医の指示を仰ぎ慎重な対応を要します。
5.甲状腺機能異常
甲状腺疾患はダウン症の患者さんに多くみられる傾向がありますが、ダウン症以外の患者さんでも体重増加や減少、不定愁訴、不整脈、肝機能障害、高コレステロール血症、高血圧、クレアチニンキナーゼ上昇などの血液検査値異常の背景に甲状腺疾患が潜在していることがあるので、触診で甲状腺腫がなくても、スクリーニングではTSH、FT4値を測定し、甲状腺疾患を見落とさないよう心がけます。当院でも先天性甲状腺機能低下症、橋本病、バセドウ病は頻度の高い疾患ですが、自己抗体が陰性の甲状腺機能異常やTSHとFT4、FT3の動きに乖離が見られ、診断フローチャートに当てはまらない病態5)も多くみられます。診断および治療方針に不明が生じたり、甲状腺がんや悪性リンパ腫が否定できない時、また思春期以前および妊婦のバセドウ病などの問題がある時は専門医療機関に受診することを勧めています。
6.高尿酸血症
高尿酸血症はメタボリック症候群や肥満に合併して多くみられますが、ダウン症候群の患者さんは肥満を伴わなくても尿酸排泄低下型の高尿酸血症を来たします。血清尿酸値の幼小児の基準は成人と異なるため年齢別の基準値に鑑みると、ダウン症候群の患者さんは幼児期から高尿酸血症が高頻度に見られるという報告もあります5)。
痛風の既往がない無症候性高尿酸血症の場合は、果糖・糖質を含む清涼飲料水の制限、肉や魚のプリン体摂取制限、アルコール制限、水分摂取、運動など生活習慣の改善が先決ですが、腎機能低下が疑われる場合は腎保護の目的で尿酸降下薬の適応があります。
従来は尿酸クリアランスを測定し、尿酸排泄低下型と尿酸産生過剰型に分けて薬剤を使い分けていましたが、強力な尿酸降下作用があり腎機能低下時にも減量せず使える新たな尿酸生成抑制薬(フェブキソスタットなど)が登場し、従来の尿酸降下薬の使用頻度は減りました。また近年は小腸から尿酸がABCG2というトランスポーターを介して便中に排泄されていることがわかり、腎外排泄低下型の高尿酸血症が病型分類に加えられました5)。
7.悪性腫瘍の早期発見について
開設30年を迎え、当院に小児期から通院する患者さん達もこれから中高年を迎えます。特に肥満症の患者さんでは、加齢とともに大腸癌、食道癌、子宮体癌、膵臓癌、閉経後乳癌、胆のうがん、肝臓癌など複数の部位の発がんリスクが増大するという報告がある2)ことを踏まえ、お住まいの自治体のがん検診を利用することも是非お勧めします。悪性疾患が疑わしい場合に、当院の患者さんの精密検査や治療を引き受けていただける専門医療機関との連携が今後はますます重要になると思います。
参考文献
1) 井上文夫 発達障害の肥満 京都女子大学生活福祉学科紀要16号2021年2月
2) 日本肥満学会編 肥満症診療ガイドライン2016
3) 日本肝臓学会編 NASH・NAFLDの診療ガイド2021
4) 浜田昇著 甲状腺疾患診療パーフェクトガイド 2014年改定第3版
5) 日本痛風・尿酸核酸学界編 高尿酸血症・痛風の治療ガイドライン第3版 2019年
8. 漢方薬治療
1976年から医療用漢方製剤の健康保険適用が大幅に広がり、現在約150種類の漢方エキス製剤が保険適用となっています。漢方薬の基礎研究もさかんになり、その効果が科学的に証明されるようになってきました。また漢方薬を西洋薬と併用することで西洋薬の効果を高めたり、西洋薬の副作用を和らげたりすることもわかってきました。
当院では1992年の開院当初から漢方薬処方を積極的に行っています1)。その経験をもとにお話しさせていただきます。
東洋医学とは?漢方医学とは?
西洋医学では病気の原因を突き止めて、それを取り除く治療やその病名に合った薬が処方されます。同じ病名であれば、成人ですと年齢や体格にかかわらず、概ね同じ種類の薬となります。(近年、新薬の開発や遺伝子解析の発展などによりオーダーメイド処方が進んでいる治療分野もあります。)
一方、東洋医学では、心も身体も合わせて一人の人間の全体のバランスが崩れて病気になったととらえます。また、「未病(みびょう)を治す」という病気になる前の体調不良を早めに治療するという発想もあります。したがって、個人個人の体質や病態に合った漢方薬を処方したり、鍼灸・気功を用いたり、食事や生活習慣の指導をして治療します。そのため、同じ病名でも処方された漢方薬は違うこと(同病(どうびょう)異治(いち))や異なる病名でも処方されたものは同じ漢方薬ということ(異病(いびょう)同治(どうち))がしばしばあります。
例えば「めまい」に対して五苓散(ごれいさん)、苓桂朮甘(りょうけいじゅつかん)湯(とう)、半夏白朮天(はんげびゃくじゅつてん)麻(ま)湯(とう)などがよく用いられますが、以下の「証」によってどの薬にするかを決めます。
また、身体全体のむくみをとる五苓散は、めまいの他にも頭痛や胃腸炎、吐き気、二日酔い、暑気あたりなど多岐にわたり適応があります。
漢方医学は、中国伝来の東洋医学が江戸時代に日本独自の発展をしたものです。漢方医学独特の診察法で患者さんの状態(「証」といいます)を決定して、その証に合った漢方薬を処方します。これを随証治療と呼びます。
まず、診察や症状から、体力の充実度を実証・中間証・虚証に分類します。また、病態や病勢を陰陽・表裏・寒熱という基準にあてはめ、病因を、気・血・水という考え方で判断します。その中で一番重要なのが、実証・虚証の区別です。実証タイプの人は、筋肉質で体格がよく、暑がり、声が大きい傾向があります。虚証タイプの人は、やせ型か水太りで下痢がち、胃腸が弱く、寒がりの傾向があります。ただし、みかけは体格良好でも診察すると腹力が弱く、冷えが目立つ虚証のこともあり、また同じ人でも病期(例えば風邪の初期や治りかけ)や年齢などによって実証から虚証に変化します。
私自身の例です。子どもの頃から風邪をひきやすく、一度ひくと長引いてしまうタイプでした。28歳の時に葛(かっ)根(こん)湯(とう)を初めて飲んで、翌日にのどの赤味や痛みがなくなったことに感動して、漢方薬の勉強を本格的に始めました。30歳代で花粉症となり、そのときも実証薬の葛根湯が効いていたのですが、30歳代後半になって、中間証の小青(しょうせい)竜(りゅう)湯(とう)が合うようになりました。さらに40歳代には虚証薬の麻黄附(まおうぶ)子細(しさい)辛(しん)湯(とう)がよく効くようになり、40歳代後半からは苓甘姜味(りょうかんきょうみ)辛(しん)夏(げ)仁(にん)湯(とう)という胃腸虚弱の人の虚証薬で、鼻水がすぐに止まるようになりました。また、今でも肩こりの時には少量の葛根湯を飲むことがあります。このように年齢や体力に応じて漢方薬も変わります。
以下、漢方薬に関してよく受ける質問にお答えしていきます。
① どんな場合に漢方薬を使いますか?
漢方薬の得意分野は体質改善や自然治癒力の向上で、冷え症、胃腸虚弱、慢性病などに昔から使われていましたが、現在は西洋医学の病名に合わせて処方することも多くなりました。
・生活習慣病(高血圧、脂質異常症、肥満、糖尿病、痛風など)
・アレルギー性疾患(気管支喘息、花粉症、アレルギー性鼻炎、アトピー性皮膚炎、じんましんなど)
・慢性胃腸症状(便秘、下痢、腹痛、嘔吐、げっぷが出やすいなど)
・生理のトラブル(生理前のイライラ、だるさ、頭痛、胸の張り、生理痛、生理不順、貧血など)
・更年期障害(冷えほてり、発汗、動悸、焦燥感、倦怠感、イライラなど)
・自律神経症状(めまい、頭痛、たちくらみ、肩こり、冷え症など)
・睡眠障害(寝つきが悪い、途中で目が覚める、朝早く起きてしまう、熟睡感がないなど)
・精神症状(落ち込みやすい、不安や緊張が強い、興奮しやすい、落ち着きがないなど)
・泌尿器症状(頻尿、失禁、夜尿や夜間尿など)
・身体痛(腰痛、膝痛、坐骨神経痛、筋肉痛、足のつれなど)
そのほか
一般的な風邪、インフルエンザ、急性胃腸炎、車酔い、二日酔いなどにも用います。
② 副作用はないですか?
漢方薬にも副作用はあります。ときに肝機能障害、間質性肺炎、偽アルドステロン症、ミオパチー、心不全、長期投与による腸間膜静脈硬化症などが起こることがあります。
症状としては、微熱、発疹、倦怠感、食欲不振、長引く咳、むくみ、四肢けいれん、動悸、血圧上昇、不眠、腹痛、腹部膨満等あり、気になる症状が続くときは、服薬を中止して受診してください。
③ 効果的な飲み方は?
漢方エキス製剤は食前または食間服用が基本ですが、食後でも効果が変わりないという報告もあり、胃もたれしやすい方には食後の服用を勧めています。また、吐き気、イライラ、動悸、頭痛等で頓服する場合は、食前食後関係なく、すぐ飲むほうが効果的です。
④ 粉薬は苦手ですが、錠剤はありますか?
種類によっては錠剤やカプセルもあります。健康保険適応のエキス製剤は煎じた漢方薬をインスタントコーヒーのようにフリーズ・ドライ状態にしたものです。粉薬が苦手なかたでも、その漢方薬が合っていると美味しく飲めることが多いです。また、熱湯によく溶けるので、砂糖やココアを混ぜて飲むこともできます。味噌汁やスープに入れたり、市販のお薬ゼリーを使ったり、アイスクリームやヨーグルトに混ぜたりすることも可能です。さらに熱湯に溶かして冷ましてから製氷皿で凍らせるという方法もあります。
⑤ 長く飲まないといけませんか?
漢方薬は風邪や胃腸炎のような急性症状に対しては、内服後30分くらいで効果が現れます。薬が飲めないときは座薬を用いることもあり、吐き気に五苓散座薬、咳こみに五虎湯座薬が有用です。
一方、慢性疾患や冷え症、更年期障害など症状の経過が長い場合は、明らかな効果を得るのに時間がかかります。飲み始めて「何となく良い感じ」「飲み続けられそう」という感覚があるときは漢方薬が合っていると考えます。「飲み方を工夫しても味や香りになじめない」という場合は合っていないとして証の見直しをします。
また、合っている漢方薬を続けていて、飲み忘れるようになることは、気になる症状が改善されたと考えられます。美味しく感じていたのにまずくなってきたときも、その漢方薬からの卒業の目安となります。
王子クリニックでの使用経験
漢方薬を試してみたいと受診される主訴で一番多いのはイライラ、興奮しやすいです。次いで排尿・排便問題(夜尿、頻尿、昼間失禁、便秘、便失禁)、またアレルギー性鼻炎・慢性鼻炎、冷え、不眠、不安の訴えも少なくありません。
・イライラ、興奮しやすい:
鎮静作用のある抑(よく)肝散(かんさん)、抑(よく)肝散(かんさん)加陳皮半(かちんぴはん)夏(げ)、柴(さい)胡(こ)加竜骨(かりゅうこつ)牡蛎(ぼれい)湯(とう)などを処方します。抑肝散加陳皮半夏は抑肝散を使っていて、効果がうすくなってきたときや、本人が飲まなくなったとき、年齢が進んで周囲のことを気にするようになったときに用います。柴胡加竜骨牡蛎湯は小学校中学年以降、思春期、成人まで長く飲むことが多い処方です。そのため、当院の漢方薬処方の中で発達障害児(者)においては柴胡加竜骨牡蛎湯が一番多い処方です。
また保護者の方へ処方する漢方薬の中で一番多いのは抑肝散加陳皮半夏です。かつて私自身がイライラを感じるときに飲み30分くらいで「まあ、いいか」という気持ちになったり、気になることを考えながら寝つけないでいるときに1包飲んで安眠できたりしたことから、その体験をお話して処方しています。効果も高く、1日3回連用している方、1日2回朝と寝る前飲み、昼間はイライラのときに早めに1包服用する方、生理前だけ連用する方など皆さん飲み方のコツをつかむとそれぞれの生活様式に合わせて調整しています。しっかり飲みたいけれど昼間はどうしても飲むタイミングが難しいという方には1日分を2包にした製品を処方しています。
・排尿・排便問題(夜尿、頻尿、昼間失禁、便秘、便失禁):
おなかや足首が冷えると胃腸や膀胱の働きが不安定になるため、腹巻付きパンツや丈が長めの靴下、アンクルウォーマーの着用で下半身の冷えを防ぐ対策を勧めたり、紙パンツや尿パッドの使用による安心感を得る提案をしたりしつつ、おなかを温めて腸の調子を整える小建中(しょうけんちゅう)湯(とう)を処方することが多いです。小建中湯は膠(こう)飴(い)が入っていて甘くて飲みやすく「おいしい」「おかわりしたい」という感想をよく聞きますが、甘い味を好まないという場合は、膠飴を除いた桂(けい)枝(し)加芍薬(かしゃくやく)湯(とう)を処方します。桂枝加芍薬湯は錠剤もあります。
夜尿症の漢方薬には実証薬の越婢加朮(えっぴかじゅつ)湯(とう)、冷えを伴う場合は小建中湯の他に桂(けい)枝(し)加竜骨(かりゅうこつ)牡蛎(ぼれい)湯(とう)、頻尿に六味(ろくみ)丸(がん)などを用います。
・アレルギー性鼻炎・慢性鼻炎:
鼻づまりが強いと睡眠障害も起こりやすく、日中の集中力の低下にもつながります。そのため麻(ま)黄湯(おうとう)、葛根湯加川芎(かっこんとうかせんきゅう)辛夷(しんい)、辛夷(しんい)清(せい)肺(はい)湯(とう)、荊(けい)芥(がい)連翹(れんぎょう)湯(とう)、小青竜湯等で鼻炎や鼻閉の改善をはかり、さらに鼻の粘膜のむくみをとる五苓散を併用することもあります。
・手足の冷え、緊張しやすい:
暑がりだけど手足が冷えている、緊張すると手足が汗ばむという場合、当帰(とうき)芍薬散(しゃくやくさん)、当帰四逆加呉茱萸(とうきしぎゃくかごしゅゆ)生姜(しょうきょう)湯(とう)、温(うん)経(けい)湯(とう)が適応と考えられます。便秘がちだと温経湯,冷えからくる頭痛や腰痛があると当帰四逆加呉茱萸生姜湯を第一選択にします。当帰芍薬散は冷えやむくみをとり、生理不順も改善する婦人薬ですが、近年、虚証の男性にも使われることが多くなりました。
・不安、フラッシュバック:
小学生でも将来のことを考えて「生きていて楽しいの?」と保護者に尋ねたり、不安をうまく表現できずに不眠浅眠の症状として現れたりすることがあります。またコロナ禍での環境変化や予定変更で家族それぞれ様々な不安感を抱いています。このような不安や不眠に半夏(はんげ)厚朴(こうぼく)湯(とう)や不安が高じてイライラする場合は抑肝散加陳皮半夏を処方します。半夏厚朴湯は錠剤もあり、小学生でも飲みやすくなっています。
また過去に経験したつらいことがフラッシュバックするときに桂枝加芍薬湯(または小建中湯または桂枝加竜骨牡蛎湯)に四物(しもつ)湯(とう)(胃もたれしやすいときは減量または十全(じゅうぜん)大補(たいほ)湯(とう))を合方する神田橋処方を用います2)。
最近は市販薬の漢方薬も種類が増え、テレビCMも多くなり、漢方薬がさらに身近になってきました。漢方薬はいくつかの種類を飲み慣れると、今の自分の状態に合っているものを選ぶことができます。また飲みにくくなったときは一旦中止して相談していただきたいです。本来、楽しく飲むものなので、無理に飲んだり、飲ませたりする必要はありません。小さなお子さんでも、発語のない成人の方でも、味と香りと飲んだ体験を感じて、漢方薬を選ぶことができるのです。
日常のちょっとした心身の不調を本人や周囲の人が早めに察知して漢方薬をうまく使っていただけたらと願っています。
参考文献:
1) 竹内紀子,石﨑朝世:日常診療で使える漢方(実践編)発達障害.小児科診療81:207-210,2018
2) 神田橋條治:フラッシュバックの治療.精神科講義.創元社.241-259,2012