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医療コラム4 .子どもの心身症 大谷 良子(医師)

2024.09.14

「心身症」という言葉を知っていますか?「学校に行く前に鼻血を出しやすい」、「テストが近づくと下痢や腹痛が増加する」、「嫌なことを考えるとめまいや頭痛がする」。こんなことはありませんか?私は仕事が忙しくなると「胃が痛く」なります。このように多くの人は日常生活の中で多かれ少なかれ「こころと身体の関係性」を認識しています。特に子どもは、大人よりもストレスに耐えうる力が低く、葛藤を抱えやすく、葛藤を言語化することも未熟なため身体症状を呈しやすい傾向があります。子どもでは心理社会的要因が関与するすべての身体症状を「心身症」と考えますが、ここでは「心身症」の概要や対応、子どもの心身症のうち代表的な起立性調節障害、過敏性腸症候群、摂食障害についてお話します。

小児心身症の概要

日本小児心身医学会では2014年に「18歳未満の子どもの身体症状を示す病態のうちその発症や経過に心理社会的因子が関与するすべてのものをいう。それには、発達・行動上の問題や精神症状を伴うこともある」を「心身症」と定義しました。

小児心身症に含まれる器質的・機能的疾患には、起立性調節障害といった自律神経系・循環器疾患、蕁麻疹や気管支喘息といったアレルギー・呼吸器疾患、過敏性腸症候群や胃・十二指腸潰瘍、周期性嘔吐症といった消化器疾患、片頭痛や緊張型頭痛、摂食障害といった神経系疾患など多彩な疾患が該当します。心理社会的因子の影響を疑う所見には①症状の程度や場所が移動しやすい、②症状が多彩である、③訴えのわりに重症感がない、④理学所見/検査所見と症状が合わない、⑤曜日や時間によって症状が変動する、⑦学校を休むと症状が軽減する、といった特徴がみられます。

心身症は、こころと身体のつながりによって発症します。体質や先行感染などの身体的要因に心理社会的因子が影響し、身体症状につながります。頭痛・腹痛といった身体症状は不快感や、人によっては不登校などの状態を引き起こすことがあります。「この症状がいつまで続くのだろう」と身体症状が二次的にこころへの影響を及ぼし、さらに身体症状を増悪させていくのです。心理社会的因子による身体症状の発現には複数の経路がありますが、どの経路も中枢神経の反応を受けて身体組織に影響を与えます。大脳皮質で認識されたストレッサーは性質や程度によって大脳辺縁系で不快な情動を引き起こし、大脳辺縁系から視床下部という場所に影響を及ぼします。そして脳幹・脊髄レベルで自律神経に影響をあたえ、循環や呼吸、体温、血糖などの変動を来たします。さらに視床下部から視床下部-下垂体-副腎皮質系を介して副腎系ホルモン分泌に影響、さらに概日リズムにも影響します。複数の経路によるストレスの影響はリンパ球やマクロファージの活性低下にもつながり、免疫能も低下し、結果として多彩な身体症状を呈することになります(図1)。

小児心身症の対応

心身症のケアとしてはBiopsychosocialモデルという考え方があり、1977年に精神科医のジョージ・エンゲルが提示した医療保健モデルで発症や疾患の維持において身体面だけでなく心理社会的因子も併せて重視しています。慢性疾患の治療やケアはBiopsychosocialの視点でとらえアプローチしていくとわかりやすく、現在広く浸透してきた考え方になります。

1. 生物学的要因(Bio)と対応

脳の生物学的異常や遺伝子などによる体質、神経発達症の併存などは生活環境との相互作用の中で不適応を生じやすく身体症状を呈しやすいです。日常生活を妨げる身体症状に関しては症状を和らげる目的で生活指導や薬物治療を行います。生活指導では健康な生活習慣を身につけ維持することを目標として、十分な睡眠時間の確保、食事の質とバランスの維持、運動の質と体力の維持・向上を励行します。また生活指導によっても日常生活を妨げる症状があれば症状緩和の目的で薬物療法を行うこともあります。

2. 心理学的要因(Psycho)と対応

本人の物事の捉え方、ポジティブ思考かネガティブ思考か、自尊心、ストレスを処理する能力、自分をコントロールする能力なども影響します。幼少時の体験(虐待など),性格,社会的スキルなどの問題も関係が深いと考えられています。アプローチとしては、本人と家族にこころと身体のつながり「心身相関」について説明し理解を促します。症状をなくすのではなく症状と付き合い、症状がありながらできることをします。できていることに周囲やなにより本人が注目し、認めることが大切なのです。

3. 社会的な要因(Social)と対応

社会的な要因(Social)として、家族、職場、学校などの環境、家族関係、学校の人間関係、家族からの虐待、家庭の貧困、学校でのいじめ体験など子どもにとって逆境となる環境は社会的要因となります。本人にとって強いストレスに関しては学校や家庭の環境調整を行う必要性があるでしょう。

しかし生きていくうえでストレスがなくなることはありません。ある程度のストレスがありながらできていることを周囲が理解・評価し、自分自身も頑張っている自分を認めることが大切です。そのような積み重ねの中でストレスに耐えうる力が強められると考えられます。ストレスによる負荷が過度にならないよう注意しながら、子どもの成長の機会になるように周囲が見守っていきましょう。

代表的な小児心身症

1. 起立性調節障害(orthostatic dysregulation : OD)

ODは循環器系の自律神経障害によるさまざまな症状を呈する身体的疾患の一面を持ちながら、背景に心身症の要素を抱えやすく、ODの50~60%に不登校を併存すると言われています。ODは頻度の高い病態で、近年増加傾向にあります。好発年齢は10~16歳、有病率は小学生で約5%、中学生で約10%と小学校高学年から多くなり中学生で急増します。男女比は1対1.2~1.5でやや女子に多いです。夏や気圧の変化など季節や天候によっても症状が変動、増悪します。小児科外来を受診する5人に1人がODの何らかの症状を持っているともいわれており、小児科医は必ず一般外来で出会う疾患です。臨床症状や新起立試験で診断を行いますが、鉄欠乏性貧血、甲状腺機能亢進症、脳腫瘍、心疾患なども類似症状を示すため血液検査や心電図などで鑑別をしていきます。治療としては疾病教育、水分・塩分摂取、運動、生活リズムの改善といった非薬物療法と薬物療法、また学校への説明や環境調整も必要となることがあります。高校生以上で軽快することも多いですが中には成人になっても症状を認める場合もあります。

2. 過敏性腸症候群(irritable bowel syndrome : IBS)

IBSは機能性腹痛症候群の一つですが、ストレスなど様々な要因により腸脳相関が病態に関与して便通異常を伴う慢性的な腹痛を示すものです。診断はRomeⅣ分類を使用し、上腹部中心の痛みで便通異常を伴わない場合は機能性ディスペプシア、便性によって低年齢に多いRAP(反復性腹痛)型、頻度は少ないですが女子に多い便秘型、男子に多く不登校につながりやすい下痢型、女子に多いガス型に分類されます。日本におけるIBSの有病率は小学生で1~2%、中学生で2~5%、高校生で5~9%と成長とともに増加し、成人では10%に至り、家族歴を認めることも多いです。治療としては、疾病教育、正常な排便習慣の回復を目指し食事指導(カフェインや香辛料を控える、低FODMAP食など)や生活習慣の指導などの非薬物療法からはじめ、そのうえで薬物療法も行っていきます。

3. 摂食障害(eating disorder: ED)

近年、子どもの摂食障害は増加しています。また、摂食障害の病型は一つではありません。小児においても成人と同様に痩せ願望を伴い体重や体型が自己評価や自尊心に過剰に影響する「神経性やせ症(AN)」の病型が多いですが、小児では痩せ願望を伴わず嘔吐恐怖や何らかの不安による食欲低下を契機にした「回避・制限性食物摂取症(ARFID)」の病型も少なくありません。AN、ARFIDにかかわらず子どもの摂食障害は発育を要する時期に十分な栄養が充足されないことによって骨粗鬆や低身長、初経発来の遅延などの身体的合併症をきたす可能性があります。身体的合併症以外にも不安障害やうつ病といった気分障害など様々な精神症状の併存を認めると社会生活や家族機能に大きな影響をきたすため小児摂食障害では特に早期発見と早期対応が重要となります。さらに小児摂食障害では背景に自閉スペクトラム症(ASD)の特性を併せ持つ場合が少なくないことが分かっていますが、その場合には背景にある発達特性に留意した対応も必要となります。初期治療は、栄養障害の改善と改善した身体状態を維持する食行動の回復を目指し、外来・入院治療どちらでも身体症状の治療が優先されます。体重増加に対する子どもの不安に寄り添いながら、「今あなたを不安にさせ、食事をさせないのは摂食障害という存在である」と疾患の外在化を行い、そのうえで血液検査や成長曲線などの客観的な栄養評価を視覚的に見せて「身体的病識」を持たせ治療動機を持たせていくことが重要となります。心理療法は、食行動や身体症状が改善傾向となってから開始します。NICEガイドラインでは思春期・若年期のANの心理療法でエビデンスが認められているのは家族療法だけであり、Family Based Treatment (FBT)という手法は日本でも広まりはじめています。