医療コラム8. 漢方薬治療 竹内 紀子(医師)
2024.09.261976年から医療用漢方製剤の健康保険適用が大幅に広がり、現在約150種類の漢方エキス製剤が保険適用となっています。漢方薬の基礎研究もさかんになり、その効果が科学的に証明されるようになってきました。また漢方薬を西洋薬と併用することで西洋薬の効果を高めたり、西洋薬の副作用を和らげたりすることもわかってきました。
当院では1992年の開院当初から漢方薬処方を積極的に行っています*1)。その経験をもとにお話しさせていただきます。
東洋医学とは?漢方医学とは?
西洋医学では病気の原因を突き止めて、それを取り除く治療やその病名に合った薬が処方されます。同じ病名であれば、成人ですと年齢や体格にかかわらず、概ね同じ種類の薬となります。(近年、新薬の開発や遺伝子解析の発展などによりオーダーメイド処方が進んでいる治療分野もあります。)
一方、東洋医学では、心も身体も合わせて一人の人間の全体のバランスが崩れて病気になったととらえます。また、「未病(みびょう)を治す」という病気になる前の体調不良を早めに治療するという発想もあります。したがって、個人個人の体質や病態に合った漢方薬を処方したり、鍼灸・気功を用いたり、食事や生活習慣の指導をして治療します。そのため、同じ病名でも処方された漢方薬は違うこと(同病(どうびょう)異治(いち))や異なる病名でも処方されたものは同じ漢方薬ということ(異病(いびょう)同治(どうち))がしばしばあります。
例えば「めまい」に対して五苓散(ごれいさん)、苓桂朮甘湯(りょうけいじゅつかんとう)、半夏白朮天麻湯(はんげびゃくじゅつてんまとう)などがよく用いられますが、以下の「証」によってどの薬にするかを決めます。 また、身体全体のむくみをとる五苓散は、めまいの他にも頭痛や胃腸炎、吐き気、二日酔い、暑気あたりなど多岐にわたり適応があります。
漢方医学は、中国伝来の東洋医学が江戸時代に日本独自の発展をしたものです。漢方医学独特の診察法で患者さんの状態(「証」といいます)を決定して、その証に合った漢方薬を処方します。これを随証治療と呼びます。
まず、診察や症状から、体力の充実度を実証・中間証・虚証に分類します。また、病態や病勢を陰陽・表裏・寒熱という基準にあてはめ、病因を、気・血・水という考え方で判断します。その中で一番重要なのが、実証・虚証の区別です。実証タイプの人は、筋肉質で体格がよく、暑がり、声が大きい傾向があります。虚証タイプの人は、やせ型か水太りで下痢がち、胃腸が弱く、寒がりの傾向があります。ただし、みかけは体格良好でも診察すると腹力が弱く、冷えが目立つ虚証のこともあり、また同じ人でも病期(例えば風邪の初期や治りかけ)や年齢などによって実証から虚証に変化します。
私自身の例です。子どもの頃から風邪をひきやすく、一度ひくと長引いてしまうタイプでした。28歳の時に葛根湯(かっこんとう)を初めて飲んで、翌日にのどの赤味や痛みがなくなったことに感動して、漢方薬の勉強を本格的に始めました。30歳代で花粉症となり、そのときも実証薬の葛根湯が効いていたのですが、30歳代後半になって、中間証の小青竜湯(しょうせいりゅうとう)が合うようになりました。さらに40歳代には虚証薬の麻黄附子細辛湯(まおうぶしさいしんとう)がよく効くようになり、40歳代後半からは苓甘姜味辛夏仁湯(りょうかんきょうみしんげにんとう)という胃腸虚弱の人の虚証薬で、鼻水がすぐに止まるようになりました。また、今でも肩こりの時には少量の葛根湯を飲むことがあります。このように年齢や体力に応じて漢方薬も変わります。
以下、漢方薬に関してよく受ける質問にお答えしていきます
① どんな場合に漢方薬を使いますか?
漢方薬の得意分野は体質改善や自然治癒力の向上で、冷え症、胃腸虚弱、慢性病などに昔から使われていましたが、現在は西洋医学の病名に合わせて処方することも多くなりました。
・生活習慣病(高血圧、脂質異常症、肥満、糖尿病、痛風など)
・アレルギー性疾患(気管支喘息、花粉症、アレルギー性鼻炎、アトピー性皮膚炎、じんましんなど)
・慢性胃腸症状(便秘、下痢、腹痛、嘔吐、げっぷが出やすいなど)
・生理のトラブル(生理前のイライラ、だるさ、頭痛、胸の張り、生理痛、生理不順、貧血など)
・更年期障害(冷えほてり、発汗、動悸、焦燥感、倦怠感、イライラなど)
・自律神経症状(めまい、頭痛、たちくらみ、肩こり、冷え症など)
・睡眠障害(寝つきが悪い、途中で目が覚める、朝早く起きてしまう、熟睡感がないなど)
・精神症状(落ち込みやすい、不安や緊張が強い、興奮しやすい、落ち着きがないなど)
・泌尿器症状(頻尿、失禁、夜尿や夜間尿など)
・身体痛(腰痛、膝痛、坐骨神経痛、筋肉痛、足のつれなど)
そのほか
一般的な風邪、インフルエンザ、急性胃腸炎、車酔い、二日酔いなどにも用います。
② 副作用はないですか?
漢方薬にも副作用はあります。ときに肝機能障害、間質性肺炎、偽アルドステロン症、ミオパチー、心不全、長期投与による腸間膜静脈硬化症などが起こることがあります。
症状としては、微熱、発疹、倦怠感、食欲不振、長引く咳、むくみ、四肢けいれん、動悸、血圧上昇、不眠、腹痛、腹部膨満等あり、気になる症状が続くときは、服薬を中止して受診してください。
③ 効果的な飲み方は?
漢方エキス製剤は食前または食間服用が基本ですが、食後でも効果が変わりないという報告もあり、胃もたれしやすい方には食後の服用を勧めています。また、吐き気、イライラ、動悸、頭痛等で頓服する場合は、食前食後関係なく、すぐ飲むほうが効果的です。
④ 粉薬は苦手ですが、錠剤はありますか?
種類によっては錠剤やカプセルもあります。健康保険適応のエキス製剤は煎じた漢方薬をインスタントコーヒーのようにフリーズ・ドライ状態にしたものです。粉薬が苦手なかたでも、その漢方薬が合っていると美味しく飲めることが多いです。また、熱湯によく溶けるので、砂糖やココアを混ぜて飲むこともできます。味噌汁やスープに入れたり、市販のお薬ゼリーを使ったり、アイスクリームやヨーグルトに混ぜたりすることも可能です。さらに熱湯に溶かして冷ましてから製氷皿で凍らせるという方法もあります。
⑤ 長く飲まないといけませんか?
漢方薬は風邪や胃腸炎のような急性症状に対しては、内服後30分くらいで効果が現れます。薬が飲めないときは座薬を用いることもあり、吐き気に五苓散座薬、咳こみに五虎湯座薬が有用です。
一方、慢性疾患や冷え症、更年期障害など症状の経過が長い場合は、明らかな効果を得るのに時間がかかります。飲み始めて「何となく良い感じ」「飲み続けられそう」という感覚があるときは漢方薬が合っていると考えます。「飲み方を工夫しても味や香りになじめない」という場合は合っていないとして証の見直しをします。
また、合っている漢方薬を続けていて、飲み忘れるようになることは、気になる症状が改善されたと考えられます。美味しく感じていたのにまずくなってきたときも、その漢方薬からの卒業の目安となります。
王子クリニックでの使用経験
漢方薬を試してみたいと受診される主訴で一番多いのはイライラ、興奮しやすいです。次いで排尿・排便問題(夜尿、頻尿、昼間失禁、便秘、便失禁)、またアレルギー性鼻炎・慢性鼻炎、冷え、不眠、不安の訴えも少なくありません。
・イライラ、興奮しやすい
鎮静作用のある抑肝散(よくかんさん)、抑肝散加陳皮半夏(よくかんさん かちんぴはんげ)、柴胡加竜骨牡蛎湯(さいこかりゅうこつ ぼれいとう)などを処方します。抑肝散加陳皮半夏は抑肝散を使っていて、効果がうすくなってきたときや、本人が飲まなくなったとき、年齢が進んで周囲のことを気にするようになったときに用います。柴胡加竜骨牡蛎湯は小学校中学年以降、思春期、成人まで長く飲むことが多い処方です。そのため、当院の漢方薬処方の中で発達障害児(者)においては柴胡加竜骨牡蛎湯が一番多い処方です。
また保護者の方へ処方する漢方薬の中で一番多いのは抑肝散加陳皮半夏です。かつて私自身がイライラを感じるときに飲み30分くらいで「まあ、いいか」という気持ちになったり、気になることを考えながら寝つけないでいるときに1包飲んで安眠できたりしたことから、その体験をお話して処方しています。効果も高く、1日3回連用している方、1日2回朝と寝る前飲み、昼間はイライラのときに早めに1包服用する方、生理前だけ連用する方など皆さん飲み方のコツをつかむとそれぞれの生活様式に合わせて調整しています。しっかり飲みたいけれど昼間はどうしても飲むタイミングが難しいという方には1日分を2包にした製品を処方しています。
・排尿・排便問題(夜尿、頻尿、昼間失禁、便秘、便失禁)
おなかや足首が冷えると胃腸や膀胱の働きが不安定になるため、腹巻付きパンツや丈が長めの靴下、アンクルウォーマーの着用で下半身の冷えを防ぐ対策を勧めたり、紙パンツや尿パッドの使用による安心感を得る提案をしたりしつつ、おなかを温めて腸の調子を整える小建中湯(しょうけんちゅうとう)を処方することが多いです。小建中湯は膠飴(こうい)が入っていて甘くて飲みやすく「おいしい」「おかわりしたい」という感想をよく聞きますが、甘い味を好まないという場合は、膠飴を除いた桂枝加芍薬湯(けいしか しゃくやくとう)を処方します。桂枝加芍薬湯は錠剤もあります。
夜尿症の漢方薬には実証薬の越婢加朮湯(えっぴかじゅつとう)、冷えを伴う場合は小建中湯の他に桂枝加竜骨牡蛎湯(けいしかりゅうこつ ぼれいとう)、頻尿に六味丸(ろくみがん)などを用います。
・アレルギー性鼻炎・慢性鼻炎
鼻づまりが強いと睡眠障害も起こりやすく、日中の集中力の低下にもつながります。そのため麻黄湯(まおうとう)、葛根湯加川芎辛夷(かっこんとう かせんきゅうしんい)、辛夷清肺湯(しんいせいはいとう)、荊芥連翹湯(けいがい れんぎょうとう)、小青竜湯等で鼻炎や鼻閉の改善をはかり、さらに鼻の粘膜のむくみをとる五苓散を併用することもあります。
・手足の冷え、緊張しやすい
暑がりだけど手足が冷えている、緊張すると手足が汗ばむという場合、当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)、当帰四逆加呉茱萸生姜湯(とうきしぎゃく かごしゅゆ しょうきょうとう)、温経湯(うんけいとう)が適応と考えられます。便秘がちだと温経湯,冷えからくる頭痛や腰痛があると当帰四逆加呉茱萸生姜湯を第一選択にします。当帰芍薬散は冷えやむくみをとり、生理不順も改善する婦人薬ですが、近年、虚証の男性にも使われることが多くなりました。
・不安、フラッシュバック
小学生でも将来のことを考えて「生きていて楽しいの?」と保護者に尋ねたり、不安をうまく表現できずに不眠浅眠の症状として現れたりすることがあります。またコロナ禍での環境変化や予定変更で家族それぞれ様々な不安感を抱いています。このような不安や不眠に半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう)や不安が高じてイライラする場合は抑肝散加陳皮半夏を処方します。半夏厚朴湯は錠剤もあり、小学生でも飲みやすくなっています。
また過去に経験したつらいことがフラッシュバックするときに桂枝加芍薬湯(または小建中湯または桂枝加竜骨牡蛎湯)に四物湯(しもつとう)(胃もたれしやすいときは減量または十全大補湯(じゅうぜんたいほとう)を合方する神田橋処方を用います*2)。
最近は市販薬の漢方薬も種類が増え、テレビCMも多くなり、漢方薬がさらに身近になってきました。漢方薬はいくつかの種類を飲み慣れると、今の自分の状態に合っているものを選ぶことができます。また飲みにくくなったときは一旦中止して相談していただきたいです。本来、楽しく飲むものなので、無理に飲んだり、飲ませたりする必要はありません。小さなお子さんでも、発語のない成人の方でも、味と香りと飲んだ体験を感じて、漢方薬を選ぶことができるのです。
日常のちょっとした心身の不調を本人や周囲の人が早めに察知して漢方薬をうまく使っていただけたらと願っています。
参考文献:
1) 竹内紀子,石﨑朝世:日常診療で使える漢方(実践編)発達障害.小児科診療81:207-210,2018
2) 神田橋條治:フラッシュバックの治療.精神科講義.創元社.241-259,2012