医療コラム7. 障害のある方の内科疾患について 苦瓜 洋子(医師)
2024.10.17王子クリニックは発達障害や神経疾患で通院する患者さんと御家族の、内科的なcommon disease(日常的によく見られる疾患や症状)に対応していますので、診療の一端を御紹介します。内科の患者さんは主に思春期以降の患者さんが対象ですが、プライマリケアにも精通した小児科専門医及び小児神経専門医、神経発達症の患者さんの対応に熟練した看護師、臨床検査技師の皆さんのチームに、内科非常勤医が加わり診療にあたっています。身体に触れられることを嫌がる患者さんや慣れない環境ではパニックを起こす患者さんもいらっしゃいますが、通いなれた当院でなら検査を受けられる患者さんも少なくありません。血液検査、尿検査、レントゲン検査、心電図、脳波検査など、実施できる検査は限られていますが、個々の患者さんを全身的に把握することを心掛けています。
1.救急疾患
重度の身体障害や知的障害を伴う患者さんは誤嚥性肺炎など急性感染症や脱水症を発症しやすい傾向があり、栄養状態の悪化や体力の低下を背景に深刻な状況に陥ることがあります。自分から症状を訴えられない患者さんの場合、「いつもと違う」「元気がない」と御家族が心配し来院された時は、血液検査、レントゲン検査、心電図などを行い、肺炎、尿路感染症、急性胆管炎、急性腹症、心筋梗塞、肺塞栓などの急を要する疾患がないか鑑別し、外来で対応できるか高次医療機関に連携が必要か迅速に判断しなければなりません。
2.体重減少
重度の自閉を伴うダウン症の患者さんや、知的障害がある自閉症の患者さん、多動の患者さんの中には小児期からやせている方もおられますが、比較的短期間に体重減少や食欲不振が現れたときは、御本人、御家族の問診、身体診察を参考に、甲状腺機能異常、糖尿病、関節リウマチなどの慢性炎症や自己免疫疾患、肺結核などの慢性感染症がないかスクリーニングをします。当院でできる検査は限られていますので、原因を特定できないときは高度専門医療機関に御紹介し原因の精査をお願いしています。
3.肥満症
肥満のめやすはBMI(body mass index 体重kg÷身長m÷身長m)で表します。BMI25kg/m2以上は肥満、BMI35 kg/ m2以上は高度肥満に分類されます。肥満に伴う健康障害は、耐糖能障害、脂質異常症、高血圧、高尿酸血症・痛風、冠動脈疾患、脳梗塞、非アルコール性肝疾患、月経異常・不妊、閉塞性睡眠時無呼吸症候群・肥満低換気症候群、運動器疾患、肥満関連腎臓病など多岐にわたります1)。
月経異常を引き起こす、若い女性に頻度の高い疾患のひとつに、多嚢胞性卵巣症候群があります。内分泌的背景にインスリン抵抗性があり、インスリン抵抗性から生じる高インスリン血症が卵巣におけるアンドロゲン(男性ホルモン)産生を促進し、排卵障害を来たし、卵巣に小嚢胞様構造が多発する疾患です。男性ホルモンが増えるので肥満、にきび、多毛(毛深さ)が現れます。放置すると子宮内膜増殖症や子宮体癌のリスクが高くなり、全身的にもメタボリック症候群や心臓血管疾患の頻度が高くなります1)ので、長期的な経過観察が必要です。減量やホルモン治療が有効なこともあるので、無月経(3か月以上月経が来ない)、月経異常があるときは看過せず、婦人科を受診していただきたいと思います。
肥満症および肥満に伴う健康障害の治療の基本は食事療法・運動療法による減量です。しかし食事・運動療法をおこなっても十分な効果が得られない場合に外科治療と薬物治療があります。肥満症の適応がある薬物治療で、保険診療が承認されているのは、マジンドール(商品名サノレックス錠®)とセマグルチド(商品名ウゴービ皮下注®)です。マジンドールはBMIが35 kg/ m2以上の高度肥満の方が適応ですが、アンフェタミン類似の薬理学的作用があり2)、不安状態・抑うつ状態・異常興奮状態及び統合失調症等の精神障害のある患者さんの服用は禁忌です3)。
一方、GLP-1受容体作動薬のひとつセマグルチド(商品名ウゴービ皮下注®)は2024年2月、抗肥満薬として保険適応になりました。同一有効成分の製剤として、オゼンピック皮下注2 mg®及びリベルサス錠3 mg®他がそれぞれ2018年3月及び2020年6月に「2型糖尿病」を効能・効果として承認され上市されていますので、2型糖尿病の使用経験は蓄積されてきています3)。
GLP-1(Glucagon-like peptide-1:グルカゴン様ペプチド)は消化管から分泌されるインクレチンというホルモンの一つで、血糖が上がると消化管から分泌されて膵臓に作用し、インスリン分泌を促進し血糖の上昇を抑える働きがあります。
一方、GLP-1は、GLP-1受容体を介する中枢での食欲の調節機構への影響、インスリン分泌促進作用や消化管の蠕動運動の抑制作用も有していることなどの機序が体重減少に寄与していると考えられています3)。
ウゴービ皮下注®の効能または効果は、「肥満症」で、高血圧、脂質異常症又は2型糖尿病のいずれかを有し、食事療法・運動療法を行っても十分な効果が得られず、BMIが27 kg/ m2以上であり、2つ以上の肥満に関連する健康障害を有する、あるいはBMIが35 kg/ m2以上の方が適応になります3)。現時点では保険治療は施設基準を満たす専門医がいる病院に限定されます4)。
セマグルチドは、マジンドールと異なり、不安状態・抑うつ状態・異常興奮状態及び統合失調症等の精神障害のある患者さんに対する服用禁忌はありません3)。
神経発達症を有する患者さんの長期の有効性と安全性の検討はまだ行われていませんが、高度肥満があり健康障害を有する患者さんで、食事・運動療法による減量が困難な場合、専門医の指導のもとでGLP-1受容体作動薬による治療を試みることは今後の肥満治療の選択肢のひとつとなると思われます。
家庭の場で運動や減量を達成するのはほんとうに容易ではありませんが、体重が5%~10%減ると血圧や中性脂肪、血糖が改善するといわれます2)ので、巷間にあふれる高脂肪食、果糖液糖ブドウ糖などの甘味料や添加物が含まれる飲料や菓子パン、お菓子や炭水化物の過剰摂取を減らすだけでも肥満症のリスクを軽減するのではないかと思います。
生活習慣の改善について御家族と御本人に指導し、個々の患者さんに合う漢方薬やガイドラインに則した肥満症および肥満に伴う健康障害に対する治療を行うことが診療の主体になります。
4.脂肪肝
脂肪肝の呼称について2023年6月に欧州肝臓学会、米国肝臓病学界、ラテンアメリカ肝疾患研究会が合同で名称変更を発表したことを受け、日本肝臓学会、日本消化器病学界も日本語の新たな病名と分類が決定し発表されました5)6)。名称変更の理由は”alcoholic“、”fatty“は不適切用語とみなされることが名称変更の理由とされています5)6)。
これまで、脂肪肝は飲酒量の多寡により非アルコール性脂肪性肝障害(NAFLD)とアルコール関連脂肪肝に大別されていました。新たな呼称はスティグマによる単なる名称変更ではなく、代謝異常が組み入れ基準となる疾患概念として提唱されています7)。
脂肪肝(Fatty Liver)は脂肪性肝疾患(SLD:Steatotic Liver Disease )、非アルコール性脂肪性肝障害(NAFLD:Non Alcoholic Fatty Liver Disease)は代謝機能障害関連脂肪性肝疾患(MASLD:Metabolic Dysfunction Associated Steatohepatitis マッスルディー)、炎症が強く肝線維化が進行している病態を表す非アルコール性脂肪性肝炎(NASH: Non Alcholic Steatohepatitis)は、代謝異常関連脂肪肝炎(MASH: Metabolic Dysfunction Associated Steatohepatitis ,マッシュ)に変更になりました。過剰飲酒に伴う肝障害はアルコール関連肝疾患(ALD : Alcohol Associated (Related) Liver Disease)及び代謝機能障害アルコール関連疾患(MetALD: Metabolic Alcohol associated Liver Disease)と呼称されます1)。その他、成因不明脂肪性肝疾患(Cryptogenic Steatotic Liver Disease)、特定成因脂肪性肝疾患(Specific Aetiology Steatotic Liver Disease)が分類されます5)6)。
名称変更後の詳細は、今後新たなガイドラインが更新されると思われますが、本コラムは主にNASH・NAFLDの診療ガイド2021に基づく知見を参考にしていますので、NAFLDの旧呼称を使用していますことをご了承ください。
旧呼称におけるNAFLDは肝生検による病理組織像でNAFL(単純性脂肪肝)とNASH(非アルコー性脂肪性肝炎)に大別されます。NAFLは予後が良いが、NASHはより炎症が強く、肝線維化が進展し、肝硬変や肝がんが発生するリスクが高い病態であることが認識されていますが、NAFL、NASHの診断には肝生検が必要なため日常臨床的には、NAFLかNASHか診断は困難なので、NAFLDと総称しています。
NAFLDは非飲酒あるいは低飲酒者でメタボリックシンドロームに関連する諸因子とともに画像診断で脂肪肝の特徴を有している病態です。自覚症状に乏しく、検診や人間ドックなどの血液検査でAST、ALT、γGTPなどの数値が高いため要精査になり医療機関を受診し発見される頻度が高い疾患です。ウイルス性肝炎、自己免疫性肝炎、ウイルソン病、肝胆膵の腫瘍性疾患、薬剤性肝障害、甲状腺機能低下症などの内分泌疾患、過剰飲酒などの二次性脂肪肝など多岐にわたる肝臓疾患と鑑別を要します。
2009年~2010年の人間ドックの受診者を対象とした多施設調査では、脂肪肝の有病率は全体で29.7%、内訳は男性41.0%、女性17.7%と男性に多く、女性は60歳以上に多いと報告されています8)。
一方、肝硬変の患者さんの成因別分類について、国内では2018年から2021年の間に各都道府県の地域別集計からえられた全体集計によると、15517例のうち、HBV(B型肝炎)8.1%、HCV(C型肝炎)23.4%、アルコール性35.4%、NASH14.6%と報告されています。これまで肝硬変の主因であったウイルス性肝炎の比率は減少し、代わってアルコール性肝障害とNASHによる肝硬変の比率が増加しています9)。
脂肪肝を伴う患者さんは、肝硬変への進展と肝がんの発生について長期にわたる経過観察が必要です。肝線維化を表す指標としてFIB-4インデックスおよびNFS(NAFLD fibrosis score)があります。身長、体重、年齢、AST、ALT、血小板、アルブミン値により算出する指標です。計算式は複雑ですが、数値を入力するとスコアが出るアプリがスマホにありますので、簡便に日常診療で活用できます。
FIB-4インデックスが、1.3~2.6、NFS-1.455~0.674は線維化の中リスク、FIB-4インデックス2.67以上、NFS 0.675以上は線維化の高リスクと分類されます。中リスク、高リスクに該当するときは消化器病・肝専門医に紹介することが望ましいです10))。
一般外来ではNAFLDの診療は、メタボリックシンドロームの改善と肝線維化の進展に注意をはらうことが主眼となります。特に糖尿病が合併すると線維化進展のリスクが高くなります。肝硬変、肝がんへの進展を抑制すると評価が定まった、保険適応をもつ薬物治療はまだありません。適切な減量や有酸素運動は肝機能及び組織像の改善に有効だという報告もありますので生活習慣の改善が最も重要な治療だと思われます。
5.甲状腺機能異常
甲状腺疾患はダウン症の患者さんに多くみられる傾向がありますが、ダウン症以外の患者さんでも体重増加や減少、不定愁訴、不整脈、肝機能障害、高コレステロール血症、高血圧、クレアチニンキナーゼ上昇などの血液検査値異常の背景に甲状腺疾患が潜在していることがあるので、触診で甲状腺腫がなくても、スクリーニングではTSH、FT4値を測定し、甲状腺疾患を見落とさないよう心がけます。当院でも先天性甲状腺機能低下症、橋本病、バセドウ病、亜急性甲状腺炎は頻度の高い疾患ですが、自己抗体が陰性の甲状腺機能異常やTSHとFT4、FT3の動きに乖離が見られ、診断フローチャートに当てはまらない病態11)も多くみられます。橋本病はヨウ素過剰摂取にて甲状腺機能が低下し、ヨウ素制限で甲状腺機能が回復する場合もあると示唆されており12)、混布だしや海藻、海産物の取りすぎがないか確認しましょう。
診断および治療方針に不明が生じるとき、甲状腺がんや悪性リンパ腫が否定できないとき及び小児のバセドウ病13)は専門医療機関での精査、治療が必要です。
また、成人のバセドウ病の治療で、使用する頻度が高い抗甲状腺薬チアマゾールは、投与開始後2か月以内に重篤な無顆粒球症という白血球の減少がおこることがあるので、治療開始後2か月は2週間ごとの通院と血液検査、2か月以降も定期的な血液検査が必要なので、自宅から近くて頻繁に通院しやすい医療機関で治療を受けることをお勧めしています。
6.高尿酸血症
高尿酸血症はメタボリック症候群や肥満に合併して多くみられますが、ダウン症候群の患者さんは肥満を伴わなくても尿酸排泄低下型の高尿酸血症を来たすことがあります。血清尿酸値の幼小児の基準は成人と異なりますが、年齢別の基準値に鑑みると、ダウン症候群の患者さんは幼児期から高尿酸血症が高頻度に見られるという報告もあります
14)。
痛風の既往がない無症候性高尿酸血症の場合は、果糖・糖質を含む清涼飲料水の制限、肉や魚のプリン体摂取制限、アルコール制限、水分摂取、運動など生活習慣の改善が先決ですが、腎機能低下が疑われる場合は腎保護の目的で尿酸降下薬の適応があります。
従来は尿酸クリアランスを測定し、尿酸排泄低下型と尿酸産生過剰型に分けて薬剤を使い分けていましたが、強力な尿酸降下作用があり腎機能低下時にも減量せず使える新たな尿酸生成抑制薬(フェブキソスタットなど)が登場し、従来の尿酸降下薬の使用頻度は減りました。また近年は、尿酸の排泄が腎だけではなく、小腸からABCG2というトランスポーターを介して便中に排泄されていることがわかり、腎外排泄低下型の高尿酸血症が病型分類に加えられました14)。
7.悪性腫瘍の早期発見について
開設から30年以上が経過し、当院に小児期から通院する患者さん達もこれから中高年を迎えます。特に肥満症の患者さんでは、加齢とともに大腸癌、食道癌、子宮体癌、膵臓癌、閉経後乳癌、胆のうがん、肝臓癌など複数の部位の発がんリスクが増大するという報告がある1)ことを踏まえ、お住まいの自治体のがん検診を利用することも是非お勧めします。悪性疾患が疑わしい場合に、当院の患者さんの精密検査や治療を引き受けていただける専門医療機関との連携が今後はますます重要になると思います。
参考文献
1)日本肥満学会(編),肥満症診療ガイドライン2016(4刷)第4刷,ライフサイエンス出版株式会社2018
2)医薬品インタビューフォーム”サノレックスR”.独立行政法人医薬品医療機器総合機構.2024-09(第10版)https://www.pmda.go.jp/safety/info-services/0001.html
3)審査報告書 “ウゴービ皮下注”.独立行政法人医薬品医療機器総合機構.2022- 12 https://www.pmda.go.jp/safety/info-services/0001.html
4)医薬品インタビューフォーム”ウゴービ皮下注” 独立行政法人医薬品医療機器総合機構.2023-11(第2版)p.50 https://www.pmda.go.jp/safety/info-services/0001.html
5)日本肝臓学会.2023-09.29 https://www.jsh.or.jp/medical/
6)日本消化器病学会.2024-8.22 https://www.jsge.or.jp/
7)川口巧.<総説>Metabolic dysfunction-associated fatty liver disease (MAFLD)肝臓2023,vol.64,no,2,号p.33~34
8)日本肝臓学会,NASH・NAFLDの診療ガイド2021.第1版第3刷 文光堂2021
9)日本肝臓学会,監修 吉治仁志,編集 榎本平之,芥田憲夫,疋田隼人.肝硬変の成因別実態2023第1版第1刷 文光堂2024
10) 日本肝臓学会,NASH・NAFLDの診療ガイド2021,第1版第3刷 文光堂2021 p.54図4
11)浜田昇.甲状腺疾患診療パーフェクトガイド第1刷.診断と治療社2007
12)伊藤公一,北川亘,向笠浩司,渋谷洋,甲状腺疾患の診療の手引き,第2刷. 全日本病院出版会2013
13)日本小児内分泌学会編,小児内分泌学会ガイドライン集, p.176-182初版第1刷.中山書店2018.
14) 日本痛風・尿酸核酸学会ガイドライン改定委員会.高尿酸血症・痛風の治療ガイドライン改訂第3版4刷 診断と治療社2021